医療通訳の資格試験はじぶんが受けやすいものを受けよう

ちょっと前になりますが、東京大学でひらかれた医療通訳をテーマとした勉強会に参加してきました。厚生労働省の「医療通訳育成カリキュラム」の策定にかかわった日本医療教育財団がことしから、あらたに医療通訳の資格認定試験をはじめることもあって、なにか、おおきな流れの変化をかんじることができるかと、期待していました。結論としては、そういった期待にこたえてくれるような話はでてきませんでした。

おおきな流れの変化と期待したのは、医療通訳の地位を確立するための統一的な制度がつくられていくための、具体的な試みについて、なにかあたらしいはなしをきくことができるのではとかんがえたからです。たしかに、いくつかの具体的な動きを確認することはできましたが、医療通訳の地位が確立されていくものとかんじるようなものは残念ながら、なにもありませんでした。

この勉強会では、具体的な動きとして次の2点について確認・再確認するにとどまっただけでした。

(1)国際臨床医学会がことし発足する。同医学会では、医療通訳の認証制度委員会を設置する予定。
(2)日本医療教育財団が「医療通訳技能認定試験」をこの秋からはじめる。

あらたな動きは、医療通訳にとって、地位の確立につながるか。

医療通訳はいままで、各地域のさまざまNPO、任意団体が、その地域にすむ外国人の方たちをサポートするために、手さぐり状態でおこなってきたのが実態です。地域の医療機関の無理解や抵抗にたいして、丁寧に医療通訳の必要性をうったえ、外国人患者をサポートするためのしくみをそれぞれの団体が独自につくりあげてきました。

どの団体も医療通訳への認知がたかまり、同時に医療通訳の地位が社会的に根づいていくことをのぞんでいるはずです。そのために、じぶんたちがつくってきたしくみにたいして、ある程度の修正をもとめられたとしても、受けいれるだろうとおもいます。しかし、いまの動きは、医療通訳の地位確立のためにプラスになるのかという点からかんがえると、いずれも説得力をやや欠いているとかんじます。どうやら、すくなからぬ団体の関係者がおなじようにかんじていたようにみえます。

まず、(1)についていうと、なぜこの学会が認証制度をになうべきなのかと疑問をかんじざるをえません。医療通訳の世界では、そのことばがしめすとおり、医療のバックグラウンドをもつ方がたと通訳畑の出身者とが、混在しています。そのうえ、地域のニーズにこたえて、医療通訳という分野を草の根で切りひらいてきた各団体の実績をかんがえると、医療側を代表する大学中心の医学会に、医療通訳を認定することにしましたといまさらながらいわれると、唐突な感じがしてなりません(勉強会で行われたプレゼンでは、「国際臨床医学会」について、通訳の方も参加して欲しいとはいいつつも「北海道大学・東京大学・大阪大学・九州大学・国立国際医療研究センター等が集まり」設立するとありました)。「現場のことがわかるのだろうか」という不満をいだくひとたちがいても当然でしょう。この勉強会でも、そのようなひとがすくなからずいる印象をうけました。

つぎに(2)についていうと、そもそも厚生労働省が「医療通訳育成カリキュラム」というものを外部に委託しまとめたところが元となっています。同カリキュラムは、あるNPO団体が作成した医療通訳のトレーニング・テキストが発展的に整理されたもの、といっても過言ではないとおもいます。ですので、医療通訳をになってきた各地の団体の総意としてつくられたものではありません。また、厚生労働省が後ろ盾(ほんとうに後ろ盾になるつもりかは疑問ですが)になっているとはいえ、公的な縛りがあるという性格のものでもありません。

「医療通訳技能認定試験」はこのカリキュラムの延長線上にあるため、同カリキュラムにもとづくトレーニングをうけていることが受験資格のひとつとなっています(ほかの諸条件をクリアすれば、カリキュラムを経ずに受験をすることは可能)。なお、このカリキュラムのにもとづくトレーニングを実施している団体・機関は全国で4つとなって、医療通訳を各地でになっている団体の広がりからかんがえると、とても限定的なものとなっています。

医療通訳の資格制度・統一基準への道のりは遠そう

結論としてかんじたのは、医療通訳の資格にしろなんにしろ、ある程度の統一的な基準がうまれるのは、まだまだ先のことといえそうです。(1)にしても、(2)にしても、ひろい支持をえているとは、とてもいえない状態でしょう。むしろ、この勉強会では関係者間の溝が確認されてしまったようなかんじすらしました。

もちろん、「雨降って地固まる」ということばもあるように、東京オリンピックをひかえ、急速に事態が発展する可能性があることは否定できません。しかし、医療通訳が確実に収益性のある職種になるといった見通しでもつけないかぎり、いまの法的枠組みのなかでは、状況がかわる糸口をみつけることはむつかしいのではないでしょうか。

医療通訳の民間資格はとりやすいものをとればいい

統一的な基準がうまれるのが当分先ならば、受けやすいものを受けた方がいいではないでしょうか。日本医療教育財団が「医療通訳技能認定試験」以外にも、一般社団法人日本医療通訳協会が「医療通訳技能検定」という民間資格試験を実施しています。僕自身がこちらの試験委員をしていたこともあるので、ポジショントークとのそしりをまぬがれないでしょうが、こちらは一発受験も可能ですので、独学でまなびうけることも可能です。もちろん、厚生労働省の事業受託もしている日本医療教育財団のほうが見た目がいいだろうという判断をするのであれば、それもいいでしょう。じぶんにとって納得がいくほうを受験すればいいだろうとおもいます。

最後に、医薬通訳翻訳ゼミナールという学校を主宰する立場からいうと、医療通訳については、もっと包括的な視点でかたるべきだとかんがえています。医療通訳という勉強の先にどういった可能性があるのか、医療という現場はどうなっているのか、海外における医療通訳という職業の受けとめられ方など、掘りさげてみるべきでしょう。手前味噌になりますが、こういった話を医薬通訳翻訳ゼミナールの説明会ではしています。説明会に参加したら、かならず入学しなくてはならないというわけではありません。ですので、医療通訳をとりまく環境などに興味のある方はご連絡いただければとおもいます。