単語表を作るときは1語に1語に注釈なしは無理がある (2)

さて、前回は「NANDA-I看護診断 定義と分類」(医学書院刊)から部位に関する用語のリストを載せましたね。そして、このリストには変な点があると言いました。そこでまずは、それぞれの用語の品詞を示したいと思います。

auditory (形容詞) 聴覚
bladder (名詞) 膀胱
bowel (名詞) 腸
cardiac (形容詞) 心臓
cardiopulmonary (形容詞) 心肺
cerebral (形容詞) 脳
gastrointestinal (形容詞) 消化器
gustatory (形容詞) 味覚
intracranial (形容詞) 頭蓋内
kinesthetic (形容詞) 運動覚
mucous membranes (名詞) 粘膜
neurovascular (形容詞) 神経血管性
oral (形容詞) 口腔
olfactory (形容詞) 嗅覚
peripheral neurovascular (形容詞) 末梢性神経血管性
peripheral vascular (形容詞) 末梢血管
renal (形容詞) 泌尿器
skin (名詞) 皮膚
tactile (形容詞) 触覚
tissue (名詞) 組織
verbal (形容詞) 言語
visual (形容詞) 視覚
urinary (形容詞) 尿

ここで注目してほしいのは、ほぼすべて形容詞だと言うことです。その一方で、和訳についてはほぼ日本語としては名詞になっています。もちろん、中心となる意味だけを取り上げたのだから名詞になっても問題はないだろうという議論は成り立つと思います。また、英語が得意な人から見れば、中心的な意味が理解できるし、英用語の方についてはみれば使い方は分かるから、これで問題はないという思うかもしれません。さらに、名詞についても、bladder infection 膀胱感染症やbowel movement 便通、tissue injury組織損傷といった形容詞的に使えるではないかという指摘もあるでしょう。

ここで次の文章について考えてください。
「彼は脳に損傷を負った。」

どうでしょうか。もし、この用語集だけを渡され、訳すように指示したら、次のような文が帰ってくる可能性があるのではないでしょうか。
“He sustained an injury to his cerebral.”

これをみて、笑う人はいるかもしれません。「確かにこの用語だけを使えと言われたらそうかもしれないけど、現実には自分が英訳をすれば、cerebralは形容詞だと言うのは明かだし、そもそもbrainという単語は誰でも知っている」と。

ところが、現実に医療英語の用語集を作っていくとその膨大な量の中には、品詞が簡単にはわからない単語がでてきます。さらに、グループで用語集をシェアしていると、グループ内にはそれほど英語のレベルが高くない人もいるのです。

さらにいえば、用語集が拘束性を持つと、過ちが定着することもあるのです。「NANDA-I 看護診断/定義と分類」の用語リストはそれほど拘束力がないかもしれません。ですが、拘束性のある用語集がある分野もあります。たとえば、製薬業界では、拘束性を持つ用語集が1語1語対応、注釈なしで存在します。そのため、製薬業界では明かな文法的間違いが生じて、それが定着してしまっています。製薬の世界で英訳をするためには、まず、その過ちを受け入れるということを学ばなければいけないのです。

製薬業界に進むためには、現実を受け入れる覚悟をしなくてはいけませんが、自分が医療用語集を作るのであったら、こういった過ちを最初から犯す必要はないでしょう。製薬業界は正式な文書を役所に提出し、その書類が(文法的な過ちがあっても)一度通ってしまったら、それが前例になります。実は英語を使ってはいても、とても内向きの作業なのです。もし、自分が使う医療用語集が外国人患者のためなど、直接外国人に伝えるためのものであるならば、それに併せて、用語集を作るべきでしょう。その時はぜひ、品詞・例文なども交えて、きちんと使えるようにした方がいいと思います。