医療通訳はregisterのバリエーションを身につけよう

registerってそもそもなんだろう

registerということばをきいたことがないひともいるかもしれません。社会言語学(sociolinguistics)の用語で、日本語では「使用域」といわれます。

「使用域」といわれても、言語学者でもなければ、ピンとこないとおもいます。かみくだいていいうと、日本語なら日本語、英語なら英語というひとつの言語のなかで、ある目的やある特定の状況でつかわれることばのことです。「ことばづかい」というのにちかいでしょう。

女子高生ことばがテレビで話題となることがありますよね。ちょっと前にみて面白かったのは、最近の女子高生はLINEなどのメッセンジャー・アプリで「了解」の意味で「り」とだけ書いておくるというはなしでした。これは、極端なはなしにしても、「承知しました」なんておくったら、その子は仲間うちでういてしまうでしょうね。逆に、営業マンが仕事で取引先に「了解」はともかく、ましてや「り」なんて、おくってしまったら、その取引先との関係はむつかしくなるでしょう。

このように、おなじ日本語のなかでも、所属するグループや組織(社会集団と学問的にはいいます)によって、つかわれていることばがちがいます。つまりregisterがちがうのです。女子高生ことばがregisterであり、社会人のつかう社交辞令がまたべつのregisterなのです。

映画でregisterのちがいをみる

先日、「新しい人生のはじめかた」(Last Chance Harvey)という映画をみました。映画のなかで、主人公のハービー(ダスティン・ホフマン)は不整脈(arrhythmia)による発作でたおれて、ケイト(エマ・トンプソン)とのランチの約束をすっぽかしてしまいます。ハービーはケイトのもとをおとずれ、病院にいて約束を守れなかったといいます。その部分はこのようなセリフになっています。下に抜粋しました。

Harvey Shine: Kate, please. I was in a hospital.
Kate Walker: Oh, God. Why?
Harvey: No. It’s nothing. I left my pills in New York. I have this irregular heartbeat. I had it since I was a kid.
Kate: Arrhythmia.
Harvey: How do you know what it is?
Kate: Cause my father has it.
Harvey: Well, young men get it, too.

なぜ、この映画についてふれたのかというと、registerについてわかりやすい例となっているからです。上にあげたシーンでハービーは医療従事者ではないケイトがarrhythmiaということば(医療用語というregister)をしっているとは期待していませんでした。台本ではわかりづらいですが、”How do you know what it is?”ときくときにハービーはケイトがarrhythmiaということばをしっていてビックリしています。こどものころからこの持病をもっていたハービーにとって、arrhythmiaということばを一般人であるケイトがしっているということはおもいもよらないことだったということが、ここではえがかれてます。

ハービーは最初、arrhythmiaといわずに、irregular heartbeatということば(一般人のregister)で彼の病状をつたえようとします。irregular heartbeatだったら、医者でない一般人であるケイトにも通じるだろうと、ハービーは判断したのです。ハービーはregisterをはなす相手におうじて、調整したのです。これをregister variationといいます。

医療通訳にregister variationは必要

医療通訳は医療についてのシロウトである患者と専門家である医師とのあいだにたって、ことばの置きかえをします。そのときに医師がたとえば「不整脈」といったからといって「arrhythmia」と訳すのが適切でしょうか。「新しい人生のはじめかた」のケイトとはちがって、つうじない可能性が高いでしょう。

日本人は、漢字をつかっているので字面をみるだけで意味がわかることがおおいですよね。それに教育水準のたかさがあわさって、一般人のかたでも、ちょっとした医療用語の知識をもっています。とはいえ「水痘症」といったら、おおくの方がピンとこないでしょう。「水ぼうそう」といわれた方がわかりやすいですよね。

医療通訳の勉強をするときに、専門用語をたくさんまなぶとおもいます。しかし、同時に一般の人にもつうじることば(register)をおぼえることが大事です。僕のブログでもできるかぎりlay termsというかたちで、一般にひろくつかわれている医療表現を紹介しています。

医療の専門用語をまなぶだけでもたいへんですが、実際の現場では専門用語だけではたりません。意識して、一般人むけのregisterを身につけるようにしましょう。別の機会に、具体的にどのように一般人むけのregisterを身につけるかについて紹介します。

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