すべての疾患には苦しみなやむ患者がいる

タイトルについては、当たり前のことだろうといわれるかもしれませんね。ある勉強会でかんじたことをそのままタイトルにしました。

遠隔医療の勉強会にいってきました

東京都江東区の夢の島マリーナでひらかれた「遠隔医療の機器を実体験しながら学ぶ ―社会的弱者のための遠隔医療入門―」という勉強会に先日でかけてきました。「言葉の壁を持つ患者さんに医療通訳支援を!! ―遠隔医療通訳アプリを使って手話通訳のデモや遠隔医療を体験しながら学ぼう―」という講演に興味があったからです。

遠隔支援アプリといえば、視覚障害者を登録者のネットワークでサポートするBe My Eyesがあります。Be My Eyesをみていたこともあり、アプリをつかった遠隔支援には、可能性を感じていました。今回紹介されるものが医療の分野、しかも医療通訳の遠隔支援アプリとことで、ぜひ体験したいとおもったのです。

難病治療の課題克服のおもいをしる

実は、勉強会にでかけるまでは、内容ばかりに気をとられていて、主催者を意識していませんでした。会場に着いてから、配付資料をあらためて、中枢性尿崩症(CDI)の会が主催していたことをしりました。

CDIをはじめとする希少疾患は、専門医・治療機関がすくないという課題があります。今回の勉強会がひらかれた背景には、この課題を遠隔医療によって克服したいという主催者のおもいがあるということを参加して、はじめてしりました。

diabetesはmellitusだけではない

CDI(中枢性尿崩症)は、central diabetes insipidusの略です。diabetesといえば、糖尿病とぱっとでてくる方もいるとおもいます。こちらは正確にはdiabetes mellitusといいます。mellitusは「あまい」という意味で、insipidusは「無味」という意味のラテン語です。

diabetesはdia-という「横切る」とか「通して」といった意味をもつギリシャ語由来の接尾辞ではじまる、飲んだものがあっという間に尿となってからだを「通りすぎていく」様を示していることばです。betesは「いく(go)」といった意味をもつ要素ですが、ほかでみることはあまりないようです。

医療英語の勉強をしているときに、diabetes mellitus(糖尿病)はI型(Type 1)、II型(Type 2)もふくめ、しっかりおぼえるようにいわれましたが、diabetes insipidus(尿崩症)については、単語にふれる程度でした。患者の数がすくないというのがその理由でした。実際のところ、派生語のdiabeticも、患者の数のちがいを反映し、糖尿病の意味でつかわれます(形容詞「糖尿病の」・名詞「糖尿病患者」)。

どんなに数はすくなくとも患者がいるから疾患がある

午前中におなじ会場で中枢性尿崩症の会の総会がひらかれたこともあり、勉強会には患者や家族の方が数おおく参加していました。講師の一般社団法人日本遠隔医療学会の酒巻哲夫副会長が「こんなにたくさんの中枢性尿崩症患者の方にお会いしたのははじめてです」といっていたほどです。

酒巻先生のことばの背景には、CDI患者の絶対数がすくないという事実があります。岐阜大学医学部附属病院総合内科・総合診療部科長の森田浩之先生によると、専門医であってもCDI患者を診察することは、それほどおおいことではないそうです。CDI患者の方は、ちょっとしたケガや体調不良で病院にいくときも、つらい思いをするそうです。一般のクリニックや病院では、CDI患者であるとつたえると、医師が好奇心でどんな病気かきいてきたり、あるいは嫌な顔をしたりすることがほとんどだそうです。どういった治療をすればいいのか、途方にくれる医師もいるそうで、医学書などをチェックするために部屋からでていってしまう医師もすくなくないとのことです。はじめてかかった医師には、なるべくならCDIであることをつたえたくないという患者もいるそうです。

医師ですら、こんな状態なのですから、医療通訳がどれだけ現場でCDI患者のサポートにはいる可能性があるかというと、現実にはものすごくひくいでしょう。その意味では、医療英語の勉強で、尿崩症をさっとながしてしまうというのは合理的でしょう。

しかし、僕が今回かんじたのは、どんな希少な疾患であっても、そこには現実に患者がいるのだということでした。たしかに、医療通訳として、医療英語をまなんだり、通訳技術を身につけたり、医療制度についての知識をえていくときに、合理的にアプローチをすることはたいせつです。僕自身、当ブログのなかで合理的に取りくむことの重要性を強調してきています。合理性を追求することは、医療通訳がつねに勉強とリサーチをつづけなければいけないしごとである以上、たいせつな姿勢です。

その一方で、希少疾患に苦しむ患者がいるという現実が、合理性の編み目をすり抜けてしまう危険性を医療通訳は忘れてはいけないだろうとかんじました。有病率からみて、どんなに希少な疾患であっても、その疾患をかかえ、治療を必要とする患者がいるということをどこかで意識していた方がいいでしょう。

一度、中枢性尿崩症の会のウェブサイトをおとずれ、CDIについての説明をよんでみることをおすすめします。自分がCDIをしらずに通訳にはいったとして、医師がこの説明を患者にしたとしたら、どう通訳するだろうかという観点でみてみましょう。

遠隔医療通訳アプリのはなし

目的が遠隔医療通訳アプリだったのに、CDIのことばっかりになってしまいました。それくらい、今回の勉強会が刺激的だったということですが、アプリのことについてふれておきます。

基本的にはテレビ電話アプリでした。守秘義務などの関係があるので、セキュリティ強化はしているのでしょうが、その点については、まだよくわかりませんでした。気になる点がいくつかありました。まず、第1に、医療通訳の手法が今後どう反映されるのかという点です。第2に、ボランティアベースの運用になるのかということです。第3に、医師・患者・医療通訳の関係性をどのようにアプリ上で、きずいていくのかということです。

遠隔支援のための医療通訳技術は、これから徐々に既存の技術の上につくられていくのでしょう。そのためには、いまある医療通訳技術をきちんと見なおして、整理することがたいせつなのではないかなとかんじました。北海道大学で実証実験をはじめるそうですので、今後も注目していきたいですね。