東京医大の入試について不正行為があったことにつづいて、採点結果を操作し女子合格者の数を抑制したことが問題視されています。フランス大使館がツイッターでこの問題を取り上げ、やや皮肉をこめてフランス医学部への進学を誘うなど、海外からも注目をあつめていて、報道機関にも幅ひろく取りあげられています(英FT、独DW、米Scienceなど)。
東京医大がなぜこういういことをしたのかという理由については、大学の元幹部がTBSのインタビューの中で「体力的にきつく、女性は外科医にならないし、へき地医療に行きたがらない。入試を普通にやると女性がおおくなってしまう」とこたえて、性差別の問題ではなく「日本の医学の将来に関わる問題だ」との危機感があったとはなしています。
注目したのは、女性の優秀さへの認識と、女性医師が増えることが日本の医療の負担につながるという意識です。この2点を中心に、海外との比較もふくめて、いろいろとしらべてみました。しらべればしらべるほど、スッキリした答えがみつかるような話ではないということがわかりました。と同時にとても興味ぶかい発見がいくつもありました。
女子が優秀との認識
TBSの元幹部のインタービューでは「入試を普通にやると女性がおおくなってしまう」といっていますが、女子合格者の数が男子合格者を上まわってしまうだろうという意味なのか、単に現状よりも女子合格者がふえてしまい「日本の医学の将来」にとってのぞましい水準を超えてしまうという意味なのかは、よくわかりません。すくなくとも、試験の点数操作をせずにはいられないほどには優秀だと試験をおこなう側はみているということはわかります。
ある医師は、医学部と理学部をのぞく全学部の入学試験で女子の合格率が男子を上まわり、理学部ですら同水準であるという今の大学入試の状況をしめし、医学部だけ女子の合格率が低いのは不自然と書いています。医学部の試験にバイアスがかかり、女子学生へのガラスの天井となっている可能性を東京医大の事件が発覚する前から指摘しているのです。この医師は、男子に対する女子の優位性をかならずしも主張しているわけではないですが、今の医学部合格率が女子の能力を反映しているとはみていません。
もっと踏みこんでいるのは、ある著名な医師タレントで、出演中のテレビ番組で今回の事件が取りあげられると「試験の点数だけで上から入学させたら女性だけになってしまう」」と発言しています。入学試験における女子の優位性について、あたかも医学界の常識かのように話しているのです。
個人的な肌感覚としては、企業で採用を担当した複数の方と話した経験から、女子の方が優秀なのだという見方に納得しそうになります。大手電機メーカーの人事担当だった方や、中小企業で採用を行った方などは、いずれも採用プロセスで優秀な方から採っていったら女性ばかりになってしまうだろうと話していました。ある外資系企業で採用にかかわった方は、Diversityを確保するために、男性の応募者に「ゲタをはかせなければいけない」のだと、人材採用のむつかしさを説明してくれました。
しかし、実際のところ、男女の学習能力というのはどうなっているのでしょうか。
男女別の成績をみてみると
大学受験レベルの男女別の成績をデータとしてさがしてみたのですが、残念ながらみつけることはできませんでした。センター試験が男女別のデータを公開してくれていればいいのですが、残念ながらそのようなデータは発表されていません。男女共同参画社会を本気でめざすのであれば、課題を洗いだすべきでしょうから、こういったデータを公開した方がいいとおもいますので残念です。
高校受験レベルの成績であれば、男女別の学習能力を示すデータをみつけることはできます。まずは、OECDが各国と協力しておこなっているPISA(Programme for International Student Assessment、生徒の学習到達度調査)があります。
OECDのPISAは、各国の15歳児を対象に「科学的リテラシー」「読解力」「数学的リテラシー」の3分野についてしらべています。2015年におこなわれた調査には、72か国・地域(OECD加盟35か国、非加盟37か国・地域)約54万人の生徒が参加し、日本からは,全国198校(学科)・約6千600人の生徒が参加しています。
PISA 2015の調査結果「科学的リタラシー」の分野で、日本は男子545点に対して女子が532点との結果がでました。「数学的リテラシー」では、日本は男子539点に対し女子が525点となっています。その一方「読解力」の分野は、すべての国で女子が男子よりも得点が高く、日本では女子の523点に対し、男子が509点でした。3分野を総合してみると、残念ながら、女子の男子に対する優位性を証明する結果になっていません。
高校受験についてみると、東京都立の進学校・西高校が過去の受験結果を男女別で報告しているものがあり、PISAと似たような傾向となっています。過去12年間で、男子は常に数学でアドバンテージを得ています。国語と英語については明確な男女別傾向はないようです。数学でのアドバンテージに助けられ、男子はほとんどの年で全体の平均点での優位も確保しています。「市進 受験情報ナビ」による都立日比谷高校の受験情報は、2014年度のものだけですが、こちらでも男子は数学のアドバンテージによって3科目平均で女子の平均点を上まわっています。こういったデータは「迷信」と批判されている「女性は数学が苦手」と見方を裏書きしています。
PISAはともかく、こういったデータはまだまだ限定的なものなので、男女の学習能力の優劣に明確な結論をだすことはできないでしょう。センター試験の結果の研究をすすめるなど、幅ひろい取りくみが求められるところだとおもいます。今の段階では、入学試験での女子受験生の優位性を数理系学部についてはみとめることがむつかしいということがいえるでしょう(小論文・面接を採用した医学部の入学試験については優位性が逆転する可能性もあります)。
世界的には女子優位がすすんでいるようす
学習成果という点で世界をみると、グローバルなトレンドとして、女子が男子に対して優位に立ちつつあるようすがわかります。PISAの数学や科学の分野でも70%の国や地域で女子が男子を上まわっているとのことです。
米国でも、長期的な取り組みが功を奏し、女子は高校のクラスルーム・レベルのSTEM(Science, Technology, Engineering, and Math)でも男子と肩をならべるまでに成績が向上しているとの報告があります。とはいえ、それも高校のクラスでの話で、大学入学のための試験であるSATでは50年以上つづく傾向が今もつづき、依然として数学のスコアで男子が女子をおおきく上まわっているとのことです。
医学部についてみると、アメリカでは2017年に史上はじめて医学部への女子新入生の数が男子新入生の数を上まわりました。なかなか興味深いのは、入学のためのMCATという試験結果をみると男子の平均は女子を上まわっています。学士での卒業成績(GPA)は、全体では女子が男子をわずかに上まわっていますが、数科学分野だけにかぎると、男子の方が優位だったという結果がでています。
他の先進国をみますと、イギリスの医学部では女子の割合が55%、フランスでは60%を超えているというのが現状となっています。カナダは56%、オーストラリア・ニュージーランドは52%となっています。
女医がふえると病院が維持できなくなるという主張
TBSのインタビューや、読売新聞への関係者の「女子は結婚や出産を機に離職することが多い。男性医師が大学病院を支えるという意識が学内に強い」という発言などをもとに、病院を維持するための男性医師確保が今回の問題の背景にあったといわれています。
その一方で、東京医大には大学病院の維持が目的などという消極的な姿勢ではなく、病院の利益確保のための安くて使いやすい人材確保という積極的な思惑が背景にはあったというきびしい見方もあります。
いずれの見方をとるにしても、勤務医の過酷な労働環境をなんとかしようという視点はなかったということになります。このままの医療制度で社会がささえられつづけることがあるのかと不安になります。
ところで、女性医師がふえると病院、ひいては医療制度そのものが維持できなくなるという見方がでているのは日本だけではありません。イギリスでは、著名な外科医が「女医がおおいことがどうしてNHS(国民健康サービス)にとって問題なのか」との投稿を有力紙に寄せ、女性医師はパートタイムではたらき、早期引退する傾向にあることを指摘し、医療制度にとって負担になるとしました。1人の医師をそだてるのにかかるコストがおなじなのに、おなじ仕事量に2倍の人をあてなければいけなく、医学教育(税金)に負担をかけているというのです。女性医師が要求度が高い専門分野を避ける傾向にあることも問題視しています。
この外科医の寄稿記事は、イングランド王立外科医師会(Royal College of Surgeons of England)からきびしく批判されています。パートタイム医師のおおくが女性医師であるのは事実だが、ほとんどの女性医師が1日30時間以上はたらいていると医師会は反論しました。女性医師の比率は社会の構成比を反映したものであるべきで、そのためにはNHSが変わる必要があるとのかんがえをしめしました。
医学教育は社会と直結している
今回の記事のためにいろいろとしらべていると、いろいろと幅ひろい分野に入りこんでいってしまい、なかなかまとめるのが大変でした。この記事には書きませんでしたが、医学部受験の年齢制限といった人権にかかわる問題とそれに関連する海外での事例、女性の学力更新とそれにともなう米国社会の変化など、とても興味ぶかい話がつぎつぎにでてきて、どんどんと時間が過ぎて行きました。
ひとつわかったことは、医学部という医学教育の場は、社会インフラの重要な部分をしめる医療の現場へとつながり、そのことで社会と直結しているということです。ひとりひとりの医学生に社会(国)が投資をし、その医学生がそだって、医師となり医療の実践をとおして、社会を支えていくものだということです。そこには社会のありようが反映されていくのだということです。
フランス大使館は、そろそろ実現されそうな医師のパリティ(男女同数)をツイッターでほこりました。社会が男女1:1で構成されている以上、医師の数もそうあるべきだという意識がその背景にはあるのでしょう。イングランド王立外科医師会が”It is also crucial that the composition of the medical profession mirrors the demographics of the society it serves including gender and ethnicity. “とし、医師の構成が社会の構成と対応していることが重要であると明言しているのも、そういった社会であるべきだという意思があるのでしょう。日本は、どうかんがえていくのでしょうか。