医療用語は患者につうじない? — イギリスの調査をみる

医療通訳をまなびだすと、数おおくの専門用語(jargon)をおぼえるだけではなく、専門用語を一般むけ単語または表現(layterm)におきかえる能力をきたえることも、もとめられるようになります。医療通訳のスクールへかよえば、たいていの場合、「患者さんに専門用語をぶつけてもわからないことがおおいから、ちゃんといいかえができるようになりなさい」とおしえられるはずです。

当ブログでも、ことばのおきかえについては「医療通訳はregisterのバリエーションを身につけよう」で、そのたいせつさについてふれたことがあります。とはいえ、実際のところ、患者はどのくらい専門用語をしらないのでしょうか。この点についてロイター通信が興味ぶかい記事を配信していたのでご紹介したいとおもいます。

「医療用語が医師と患者のコミュニケーションをむつかしいものに」というこの記事は、”British Dental Journal”というイギリスの歯科学会誌で発表された”Patient understanding of commonly used oral medicine terminology“という論文がきっかけになってかかれてもので、具体的な数字をあげ、患者が専門用語をどの程度しっているかについてかかれています。もともとの論文は、日本での調査ではなく、イギリスで実施された調査をまとめたものですので、そこは注意してください。

外来患者の医療知識を調査

調査はロンドンの大学病院で123人の顎顔面外科への外来患者を対象におこなわれたものです。医療用語をのせた質問状をくばり、それぞれの用語をしっているかをたずね、その回答を論文にまとめています。質問状にふくまれている単語は、以下の表にあげてあります。

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JARGON 日本語
malignant 悪性
benign 良性
lesion 病変
metastasis 転移
lymph node リンパ節
blister 水疱
ulcer 潰瘍
biopsy 生検
tumor 腫瘍
premalignant 前がん(precancerousとも)

質問状では、言語についてのバックグラウンドもたずねていますが、回答患者の27%が英語は第一言語でないと回答しています。ロンドン在住者の22%が英語を第一言語としていない、いわゆるノンネイティブだそうですから、回答患者のノンネイティブ率は、それよりもやや高いといえるでしょう。

もっとも、この調査をもとに日本の状況を類推するとなると、この数字はひくすぎるといわざるをえません。国内ではたらく英語の医療通訳にとっては、対象患者の50〜70%ほどが、ノンネイティブだからです(英語圏外における英語コミュニケーションにおいて、ネイティブ/ノンネイティブの話題はたいせつですが、べつの機会にゆずりたいとおもいます)。

英語が第一言語だとこたえた患者の正答率は、そうでないとこたえた患者よりも高かったとのことですが、個人的におもしろいとおもったのは、英語が第一言語の患者だけでみると、教育レベルで正答率がかわることはなかったとのことです。一般的にボキャブラリが教育水準に比例して高まっていくことをかんがえると、医療用語というのは一般のひとにとって、単なるボキャブラリとはまったく別ものである可能性がかんがえられます。

blisterはバッチリ、benighはほとんどしらない

ロイターの記事で紹介された調査結果をみていきましょう。まずはもっともおおくの患者たちがしっていた用語ですが、blisterでした。約90%の患者が正確に定義をしるすことができたそうです。2番目のulcerとなると、ぐっとすくなく、70%にとどまったそうです。

 

 

benignmetastasisがもっとも不正解がおおかったとのことで、33%がbenignについて「しらない」とこたえ、metastasisについてはわずか6%しか正解することができませんでした。興味ぶかいことにmetastasismetatarsalとかmastitisと勘ちがいしていた患者もいたようで、日本で医療通訳をおしえるものとしては、むしろこちらの方がむつかしいのではないかとおもいました。

lesionも30%以上が「しらない」とこたえ、lymph nodeも半数以上が不正解になったと調査は報告しています。biopsyについては、40%が正解となる一方、30%が「がんのための検査」とまちがっていました。もっとも、「がんのための検査」という回答がけっこうな数あったのは、調査対象が顎顔面外科の外来患者だったために、ややバイアスがかかっていたのかもしれません。

医療用語のつかい方には要注意

ロンドンの調査結果をみてみると、患者に専門用語をぶつけてもまずはわかってもらえないというのは、医療通訳のたんなる実感ではなく、証明された事実といってよさそうです。医療通訳をまなぶにあたっては、専門用語と一般向け単語とをあわせてまなんでいくことは必要不可欠といえるでしょう。

では、どのように「いいかえ」を現場で実践してけばいいでしょうか。それは、異化(foreignization)と同化(domestication)という通訳の根幹にかかわるとても重要な課題です。それについては、また別の機会でふれたいとおもいます。

maxillofacial surgery 顎顔面外科
erosion びらん
fissure 亀裂
metatarsal 中足骨
mastitis 乳腺炎
anesthetic n. 麻酔(薬)、adj. 麻酔の

参考資料

生殖器系についての基本の基本 — 医療通訳資格試験にむけて

生殖器系(the reproductive system)は、「生命」という観点からみると、生命の誕生、つまり妊娠・出産にかかわる、とても重要な分野です。外国人患者の受診状況を調査した研究によると、産科の受診率は高いという結果がでているといいます(日本医療通訳協会研究会)。医療通訳としては十分にそなえておく必要がある分野といえるでしょう。排卵(ovulation)、 受精(fertilization)、 着床(implantation)といった妊娠(pregnancy、gestation)の過程や、月経(menstruation、period)といったことについてもしっかりおさえておきましょう。

一方、「性」という観点からみて、繊細な対応がもとめられる分野でもあります。この点については以前、当ブログで性感染症(sexually transmitted infection/STI、またはsexually transmitted disease/STD)に関連して取りあげています。「性」の分野は、文化の差異がはっきりとでるところでもあります。外国人患者の文化的背景の多様性をかんがえると、慎重な姿勢でのぞむことがもとめられているといえるでしょう。

ことばの点でかんがえると、「妊娠」や、「性」については俗語・俗称がおおいということが特徴といえるでしょう。たとえば、妊娠のことを「おめでた」といったりするように、日本語でもさまざまな表現がありますが、英語でもおおくの言い方があります。俗語・俗称は、その性格上、医学的にみて、あいまいであったり、不正確であったりすることもあり、注意する必要があるでしょう。

俗語・俗称ということで、個人的に医療英単語という意味からおもしろいとかんじたのは、米医療ドラマ「グレイズ・アナトミー」のあるシーンでつかわれたセリフです。このドラマのなかでは、医師同士でアパートをシェアしていることがおおいのですが、登場人物のひとりであるオマリー医師(男性、Dr. O’Malley)も同僚のスティーブン医師(女性、Dr. Stevens)らといっしょにすんでいます。オマリー医師は同僚たちに男性扱いされずによくおこっていますが、このシーン(01:05〜)では、スティーブン医師に「Me – gonads! You – ovaries!」といって男性としてみとめることを要求します(”No Man’s Land” Season 1/Episode 4)。

さて、このセリフのなかにある「gonad」ですが、医学書院の「医学大辞典 第2版」にもあるように「性腺」を意味し、配偶子(精子、卵子)を分泌する器官のことです。「sex gland、sexual gland、reproductive gland」ともよばれます。「gonad」という言葉は医学用語としては中性(包括的)で、男性であれば精巣、女性であれば卵巣をさします。

となると、オマリー医師が「Me – gonads! You – ovaries!」とgonads(性腺)とovaries(卵巣)を対比させたのはおかしくないでしょうか。ところが、オンライン・スラング辞典として有名な「Urban Dictionary」によると、俗称としてつかわれる「gonad」は、「nads」とも略されることもあり、精巣をあらわすというのです。俗語・俗称はこういった大ざっぱなところがあるのですね。

個人的には、医師役が口にするセリフとしては、やや雑なんじゃないかなとかんじてしまいました。「Me – gonads! You – ovaries!」というセリフにたいして「Hey! Ovaries are gonads too, moron」とやりかえしたりしたら、医師同士の会話としておもしろかっただろうにとおもいます。

生殖器 せいしょくき sex organ, reproductive organ, genitals, genitalia (genitalsとgenitaliaについては日本語の「局部」のように生殖器の目にみえる部分をさすものとして受けとめるむきもある)
卵巣 らんそう ovary
卵管 らんかん fallopian tube, Fallopian tube, uterine tube, (oviduct: 人間の場合、oviductよりもfallopian tubeをつかう傾向にある)
子宮 しきゅう uterus, womb
ちつ vagina
前立腺 ぜんりつせん prostate, prostate gland, (prostatic gland)
陰茎 いんけい penis
陰嚢 いんのう scrotum
精巣(睾丸) せいそう(こうがん) testicle, testis

【参考資料】

感覚器系についての基本の基本(耳) — 医療通訳資格試験にむけて

耳については、音をつたえる媒体が気体、固体、液体とかわっていくことをおぼえておくことが理解につながるでしょう。このうち、固体での伝音については「鼓膜とツキアう」という語呂合わせで鼓膜から内耳へとつづく耳小骨のつながりをおぼえてもいいでしょう。

中耳のしくみなど、こんなこまかい問題はさすがに医療通訳の資格試験にでることはないだろうとおもっていましたが、昨年の医療通訳技能検定では図の問題としてでましたので、おぼえておくといいでしょう。

医療通訳技能検定は、おどろくほどこまかい図を問題としてだす傾向にここ数年あります。適正かどうか、非常に疑問ですが、受験生としては準備をしなければなりません。厚生省の提供する解剖図でも、むしろこまかい図に目をむけて勉強をすることが対策として必要かともかんがえます。

耳管の「eustachian」は、「Eustachian」ともかかれます。もともとは人名からきているので大文字でしたが、ながくつかわれているうちに一般化して、いまでは小文字でつかわることがおおいようです。医学事典でも小文字で表示しています。

耳管のように、医療系の英単語をおぼえていると、ながくつかわれることで、かっては大文字であらわされていたものが小文字になったり、2つの単語でなりたっていた単語が合成されて1単語になったりすることに、気がつくことがあります。Google Ngram Viewerをつかうと、こういった比較が時系列でみえるので利用してみましょう。

聴覚 ちょうかく hearing, auditory perception
耳介 じかい auricle、pinna
外耳 がいじ outer ear, external ear
中耳 ちゅうじ middle ear
内耳 ないじ inner ear, internal ear
外耳道 がいじどう external auditory canal, ear canal, external auditory meatus, external acoustic meatus
鼓膜 こまく eardrum, tympanic membrane, myringa
耳小骨 じしょうこつ ossicle, auditory ossicle, ear ossicle, middle ear ossicle, ear bone (ツチ骨、キヌタ骨、アブミ骨を集合的にあらわすために複数形でつかわれることがおおい)
ツチ骨 つちこつ malleus, hammer
キヌタ骨 きぬたこつ incus, anvil
アブミ骨 あぶみこつ stapes, stirrup
耳管 じかん eustachian tube, Eustachian tube, auditory tube, pharyngotympanic tube
半規管 はんきかん semicircular canal, semicircular duct (三半規管とよくきくが、これは半規管が3本あるからで、英語では three semicircular canals となる)
蝸牛 かぎゅう cochlea

【参考資料】

感覚器系についての基本の基本(眼) — 医療通訳資格試験にむけて

感覚器系のうち視覚をになう眼については、まずは光のながれでしくみ(構造)をおぼえましょう。角膜からとおった光は、虹彩にかこまれた瞳孔から水晶体にはいり、硝子体をへて、網膜にとどく。このながれにそって、眼のしくみをおおまかにとらえます。

眼のしくみとはたらきは、カメラにたとえて説明されることがすくなくありません。角膜がフィルター、瞳孔・虹彩がしぼり(正確には虹彩がしぼりで瞳孔が開口部)、水晶体がレンズ、網膜がフィルムまたはイメージセンサーといったぐあいです。医療通訳技能検定では、このたとえが問題ででたことがありますので、おぼえておきましょう。

眼球のほとんどの部分は3層の膜でかたちづくられています。この膜は、内側から網膜、脈略膜、強膜でなりたっています。これも網膜→脈略膜→強膜と順序だてておぼえましょう。

視覚 しかく vision, eyesight, visual perception(参考: 意味のちがいについて
角膜 かくまく cornea
瞳孔 どうこう pupil
虹彩 こうさい iris
水晶体 すいしょうたい lens
硝子体 しょうしたい vitreous body, vitreous(vitreous humor は硝子体内の体液・硝子体液だが、硝子体と訳すことが適切な形でつかわれることがある
網膜 もうまく retina
脈略膜 みゃくりゃくまく choroid, choroid coat
強膜 きょうまく sclera, white of the eye, sclerotic coat
眼瞼 がんけん eyelid
結膜 けつまく conjunctiva
涙腺 るいせん lacrimal gland, tear gland

【参考資料】

グレイズ・アナトミーで医療英語を勉強? ちょっと気をつけよう

英語圏、とくにアメリカの医療ドラマをみて、医療英語を勉強している方はすくなくないでしょう。私も「ER緊急救命室」などは熱心にみました。私が医療通訳をおしえた生徒のなかには「グレイズ・アナトミー」をみている方もいました。

医療ドラマは、ストーリーがあるので、楽しんで医療英語に接することができますよね。基本的には医療従事者のチェックがはいっているので、つかわれていることばにまちがいはまずないだろうという安心感もあります。わたくしがお世話になった元医学部教授が「ヘタな授業をうけるよりも『ER緊急救命室』をみたほうがよっぽど医学生にとっては勉強になる」といってましたから、ドラマによっては専門家からみても質がとても高いようです。

ただ、ちょっと気をつけなければいけない点があります。医療ドラマのなかでは、隠語(専門家同士の口語表現)がつかわれているということです。

日本の医療従事者の間でつかわれている隠語については、先日紹介しましたが、英語圏の医療ドラマでは、現場のリアルな感じをだすために、隠語がすくなからずつかわれています。しかも、隠語は隠語らしく医療従事者同士のシーンでだけつかってくれるのならばまだいいのですが、時として患者にむかって、隠語をつかうシーンがでることがあるのでこまります。

たとえば、「グレイズ・アナトミー」のあるエピソードでは、病院にかつぎこまれて、がんと診断されたばかりの患者にいきなり「mets」(転移)ということばをつかって説明するシーンがありました。患者役は質問もせずに、その説明をうけいれていましたが、実際のところ、どれだけ一般のアメリカ人が「mets」といきなりいわれて、ニューヨーク・メッツ以外のことをおもいつくのか、とても疑問です。

医療ドラマを真にうけて、医療通訳が隠語をつかってはいけません。当ブログでは、なんどもくりかえしてつたえていることですが、医療通訳は患者と医療従事者とのコミュニケーションの橋わたし役です(もちろん、医療通訳のなかには医療従事者同士の会議通訳にすすむ方もいるでしょうけれども、それは別の仕事です)。患者につたわることばを意識すべきです。専門用語ですらない隠語をぶつけても、患者にはまずはつうじないとかんがえるべきです。

そもそも、日本国内で医療通訳にたずさわると、患者の過半数はノン・ネイティブです。過剰にアメリカ的だったり、イギリス的だったりする口語表現はつうじないと心得るべきです。アメリカの医師がつかう隠語などをつかうのは、患者がアメリカ医療ドラマのファンであると期待するようなものでしょう。

とはいえ、医療ドラマをみるのは楽しいことです。参考までに「グレイズ・アナトミー」でつかわれている隠語をいくつかあつめてみました。

東京オリンピックが近づくなか、医療通訳による訪日外国人サポートへの関心が高まっています。ブログ『医療英語の森へ』を発信する医薬通訳翻訳ゼミナールは、独学では物足りない、不安だといった方のために、医療通訳・医療英語のオンライン講座もおこなっています。ご希望の方は当ゼミナール・ウェブサイトのお問い合わせページから、またはメールでご連絡ください。
隠語 専門用語・一般用語
mets metastasis/metastases
peds pediatrics
derm dermatology
OR operating room
wet lab skills lab
piggybag heart transplant heterotopic heart transplant. cf. orthotopic
vitals vital signs
appie, appy appendix, appendectomy (US)/appendicectomy
OB obstetrics
pit emergency room/ER
tox screen toxicology screen