「対人恐怖症に認知療法有効」との報道から脱線

宮崎大学と千葉大学の研究チームが社交不安症(対人恐怖症、anthropophobiaまたはanthrophobia)について、認知行動療法が有効であるとの研究結果を発表したことがちょっとした話題となっているようです。記事によると、世界ではじめて認知行動療法の併用効果が臨床試験で確認され、国内では今年4月から医療保険が適用されているとなっています。

動画で認知行動療法をチェック

認知行動療法(Cognitive Behavioral Therapy、CBT)については、僕もよくわかっていなかったので、YouTubeでいろいろと探してみました。そこでみつけたのが、ベック研究所(Beck Institute for Cognitive Behavior Therapy)の所長であるJudith Beck博士が説明している動画です。ベック研究所は米国フィラデルフィアにある認知行動療法についての中心的な研究機関です。動画はタイトルが「認知療法を定義する(Defining Cognitive Therapy)」となっていますが、動画のなかでBeck博士が「ときとして認知行動療法としてしられる認知療法(”Cognitive Therapy, which is sometimes known as cognitive behavior therapy」といっていますので、この差について神経質になることはなさそうです。ちなみにベック研究所は形容詞のbehavioralではなく、behaviorと名詞をつかっていますね。こちらが本家なんですけど、一般的には形容詞の方がとおりがいいようです。

 

ただ、Beck博士の動画はあまりにも短くあっさりし過ぎているので、Jules Evan氏のTed Talkの方がわかりやすいでしょう。Evans氏は、自分自身がかかえていた精神的な問題を認知行動療法によって乗りこえただけに、情熱をもって認知行動療法について語っています。日本語と英語の字幕もきちんとしたものがついています。

 

精神疾患の分類について

ところで、元の記事で社交不安症とありますが、これはやや一般的にした表現で、social anxiety disorder、SADの訳である社交不安障害というのがより医学的なことばです。といっても、精神疾患の名称や枠組みというのは、時代を経るごとに大きくかわっています。専門的にこの分野を追いかけていないかぎり、その変遷についていくのはなかなかむつかしいです。

精神医学の統計指標である「精神障害の診断と統計マニュアル(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders、DSM)」が改訂するたびに、疾病名や分類は変わっていきます。とくに2013年に採用された最新版(きょう現在)のDSM-5は、20年ぶりの大幅な変更がもりこまれました。

世界保健機関による国際的な統計基準である「疾病及び関連保健問題の国際統計分類(International Statistical Classification of Diseases and Related Health Problems、ICD)」の最新版(きょう現在)ICD-10では、「精神と行動の障害」がDSMにほぼ相当するといわれているようです。

医療通訳にとって精神科の通訳はむつかしい

ところで、精神疾患ということを医療通訳の立場でかんがえてみます。大阪大学出版会「医療通訳士という仕事」にもあるように、精神科における通訳は経験と知識が必要となります。患者はとても精神的においつめられていますので、その点における配慮がいつも以上に必要となります。患者が整合性のないことばを口にした場合など、それをそのまま訳さなければならないのですが、これはとても困難なことです。また、病院側との打ち合わせをしっかりとすることも必要となるでしょう。

はなしがいろいろな方向に脱線してしまい、ぜんぜん冒頭の認知行動療法の記事とはちがう話になってしまいました。このまま、元にもどらずに医療通訳としてのはなしでまとめてしまいますね。精神科の通訳をすることになって不安になったばあいは、横のつながりをいかして、医療通訳仲間に相談するのがいいのではないでしょうか。そのときには、もちろん、守秘義務についてのルールをかならずまもりましょう。

病的近視による失明の論文をななめよみ — 論文での受動態の使用について

話題になっていたので論文を探してみました

「近視」「失明」「疾患」といった検索語の人気でしらべてみたら、どうやらこの「病的近視で失明した成人患者は、小児期から視神経の周囲に病変」という記事がネタ元らしいということがわかりました。

東京医科歯科大学眼科の大野京子教授や、横井多恵助教といった方たちの研究グループが米国眼科学会(American Academy of Ophthalmology)の学術誌「Ophthalmology」に発表した論文についてまとめた記事でした。

話題となっていることもあり、さがしてみたところ、この論文がどうやら発表されたものだということがわかりました。”Peripapillary Diffuse Chorioretinal Atrophy in Children as a Sign of Eventual Pathologic Myopia in Adults”というタイトルで、「小児期における乳頭周囲び漫性網脈絡膜萎縮は成人期において病的近視を発症する兆候」であるといいたいのだろうけど、おさまりのいい訳がおもいつかません。

病的近眼の病的にはpathologicalではなくpathlogicをつかっています。あまりききなれないなとおもったのですが、pathological myopiaよりは、pathologic myopiaの方がつかわれる頻度はおおいらしいですね。Google Ngram Viewerでみると、pathologicは19世紀の後半から徐々に使用頻度があがっています。それ以前の使用度は微々たるもののようです。「誰かがまちがってつかいだしたのが定着したのかな」とよこしまな想像をしてしまいました。

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門外漢は論文のすばらしさよりも受動態の多さに感心

門外漢が論文をざっとななめよみしてかんじたのは「受動態がおおいな」ということでした。たとえば、”Fundus photographs obtained at baseline and at the last visit were assessed independently by 2 retina specialists (T.Y. and K.O.-M.)”や、”Patients with optic media opacities such as dense cataract preventing an ophthalmoscopic examination also were excluded”のようにです。

米国医師会(American Medical Association、AMA)のスタイルブックをみてもわかりますが、医学用の論文には能動態をつかいことが推奨されています。受動態の使用はなるべくひかえるようにとされています。

この能動態の使用についてはいまでも賛否両論がありますが、歴史的にみても、いまでは多くの論文誌が能動態で書くことを求める状況になっています。

実際、この論文が発表された「Ophthalmology」誌はインパクト・ファクターが6をこえる、とても影響力のある学術誌です。その学術誌でも、応募要項のなかでは、”Use the active voice when writing the manuscript”と能動態で論文をかくことをはっきりと求めています。この論文は指示されてる応募要項にそわなくても採用されるだけの重要な内容をもっているのだろうなと、論文の内容の素晴らしさよりも、妙なところに門外漢は感心してしまいました。

能動態で書くことで審査のハードルをさげられる

日本人のおおくの方には、いまでも論文やレポートを受動態で書くほうが好まれるようです。能動態の翻訳を提出したら、返されてきたなんて話もききます。受動態のほうが客観的なかんじがするようですね。たしかに、英語圏でも受動態がそのように受け止められていた時期があります。

ただ今は、論文やレポートは能動態で書くことが求められているのです。わざわざ応募要項に明記されていることに逆らう意味はないのです。大野教授・横井助教のように圧倒的に内容がすばらしい論文でもないかぎり、そこは、素直に能動態で書いた方が、査読者の受けもよく、論文が審査に通過する可能性があがるのです。

論文はななめよみしただけじゃさすがに歯が立たないのでこんごの宿題にして、気になった論文のスタイルについてはなしました。

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