新型コロナウイルス禍が本格化してから、すでに半年ほど経ちました。その間、テレビや新聞には、いわゆる専門家の方たちが毎日かわるがわる登場しては「専門的」なアドバイスを提供してくれました。
クラスター、PCR検査、感度、特異度、偽陽性などなど、耳をダンボのように広げて、できるだけ情報を集めようとしている私たちの耳には次々に新しい言葉が入ってきました。PCR検査という今となっては日常会話にすら登場する言葉も、ついこの前までは、医療にかかわっていなければ、耳にすることすらなかったでしょう(こちらのBuzzfeedが行った聖路加国際病院QIセンター感染管理室の坂本史衣マネジャーへのインタビューはかなり早い段階で出たものですが、PCR検査とは何かを理解する上で、今でも的確な情報であると思います)。
しかし、専門家たちの説明は矛盾して聞こえることが少なからずあり、新型コロナウイルス禍という未曾有の事態の中で、「自粛」つまり自らの判断をせまられている私たちを混乱させてきました。私自身、しばらくは新型コロナウイルス禍とそれに対応する政府や医療機関の取り組みについて、なかなか理解することができませんでした。
この混乱が何によって招かれているのかと考えているなかで、4月の後半にかけて徐々に気がついてきたのは、個人個人の患者を対象にして行う診断(鑑別診断、diagnosis/defferential diagnosis)と、疫病の大流行(パンデミック)を抑え込む対策としての防疫(pandemic prevention、多くの辞書にはこうありますが、pandemic containmentのほうがしっくりくると個人的には考えます)が、明確に区別されずに新型コロナウイルス禍の話が伝わってきているということです。
つまり治療行為に直結する診断という医療行為と、疫病の拡散を抑え込み最終的に駆逐することを目標に進められる防疫という危機管理行為は本来、きっちりと分けて、議論をし、コミュニケーションされるべきはずです。別の言い方をすると、COVID-19という急性呼吸器疾患の治療を目的とする行為と、COV-SARS-2というウィルスの伝播・感染を制御する行為は、本質的に別物のはずだということです。しかし、テレビ・インターネット(とくにTwitter、YouTube、Facebookなど)を媒介して、伝えられる情報はそのどちらに基づき、発せられたものなのかということがはっきりとしていないということがわかってきたのです。
診断と防疫(よく考えれば、防ぐ段階は過ぎてしまっているのですから、なにか別の言葉があってもいいでしょうね)を分けるべきだと考えるようになっても、それをうまく言葉にすることが私自身なかなかできませんでした。とくに気になったのは、PCR検査の正確性を問題視する議論でした。つまり検査で陽性でも、本当にCOVID-19に感染しているとは限らないという、偽陽性の可能性を前提とした話です。しかし、この偽陽性を問題視する議論が興味深いのは、先ほどご紹介した坂本史衣マネジャーへのインタビューにもありますが、結局は医療行為(COVID-19患者の治療)を前提とした話になっていくということです。なかなか、防疫の話につながっていかないということです。
では、診断と防疫のちがいという点についてどのように理解していけばいいのでしょうか。PCR検査の感度(陽性結果者のうち、偽陽性者を除いた真陽性者が占める割合)・特異度(陰性結果者のうち、偽陰性者を除いた真陰性者が占める割合)については、「燃えるフィジカルアセスメント」という医師の方が書かれているブログにある「コロナPCR検査:感度特異度論争の終焉」がとても参考になります。なお、このブログの中で紹介されている”Coronavirus Update With Rochelle Walensky on JAMA Network”というハーバード大学医学部教授へのインタビューでは、診断と防疫という分け方には触れていませんが、PCR検査の感度については、ある程度の低さは許容している様子がみてとれ、感染症の防疫におけるPCR検査のとらえ方がうかがいしれます。
新型コロナウイルス禍について徹底的な政府対応を求めた東京大学先端科学技術研究センターの児玉龍彦名誉教授の参議院予算委員会での参考人としての発言も、防疫面でのウイルス対策を理解する上では参考になります。防疫というものがさまざまな分野の専門家の力を集結して進められる、医療従事者による治療行為とは独立した取り組みだということがよくわかります。
新型コロナウイルス禍関連用語
英語 | 日本語 |
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positive rate | 陽性率 |
false positive | 偽陽性 |
true positive | 真陽性 |
sensitivity | 感度 |
specificity | 特異度 |
viral burden | ウイルス負荷 |
genetic engineering | 遺伝子工学 |
measurement science | 計測科学 |
information science | 情報科学 |
transmissibility | 感染性、感染力 |
mortality | 致死率、死亡率 |
precision medicine | 精密医療 |
Spanish flu | スペイン風邪 |
convalescence | (名)回復期 |
convalescent | (形)回復期の、(名)回復期の患者 |
convalescent plasma | 回復期血漿 |
phenotype | (名)表現型(ある生物のもつ遺伝子型が形質として表現されたもの) |
genotype | (名)遺伝子型 |
Rt/effective reproduction rate | 実効再生産数(一人から何人に感染が広がるかを示す数値) |
communicate | (動)(病気を)移す。I stayed self-quarantined for 14 days to avoid communicating the disease. |
herd immunity | 集団免疫 |
myalgia | 筋痛、筋痛症 |
uptake | (名)(ワクチンの文脈では)接種率 |
pandemic | パンデミック |
cluster | クラスター |
epicenter | 震央 |
focus/hypocenter | 震源地 |
spreader | スプレッダー |
Wuhan strain | 武漢型 |
European strain | ヨーロッパ型 |
cross immunity | 交叉免疫 |