医療通訳も一人称で通訳する

三人称ではなく一人称で通訳する

医療通訳「も」一人称で通訳するとしたのは、一般に通訳というのは発言している人のいったとおり、そのまま訳すので、一人称になります。たとえば、Aさんが「きょうみた映画はおもしろかったです」といえば、そのまま、「きょうみた映画はおもしろかったです」と別の言語に訳します。「Aさんが『きょうみた映画はおもしろかったです』といっています」という風に、通訳者が第三者の立場にたって、「Aさんが」という部分と「といっています」という部分をつけ足して、三人称で訳すことはないということです。

医療通訳も同様に、患者や医師・医療従事者の発言を一人称で訳します。たとえば、John Smithさんという患者のサポートにはいったとします。John Smithさんが “I have a headache” といえば、「(私は)頭がいたいです」と訳します。「ジョン・スミスさんが『頭がいたい』といっています」とはいわないということです。「ジョン・スミスさんが」とか「といっています」ということばを足さないということです。

一人称で通訳をするということは、ある程度、通訳というしごとをしっていたり、なれていたりすると、当然とおもわれることでしょう。しかし、トレーニングをうけたことがないひとが通訳をすると、三人称になってしまうことはよくあることです。実際に僕がおしえていた生徒で「一人称でやるということをしらずに、ずっと三人称でやっていました」という方がいました。この方は、あるクリニックに専属の医療通訳としてつとめていました。英語は優秀だったのですが、医療知識など医療通訳の技能を身につけたくて僕の授業をうけにきました。英語の能力は優秀でも、通訳術ということをみにつけないと、つい三人称でやってしまうということは、よくあることなのです。

簡潔で直接的なコミュニケーションのために

なぜ、一人称にするのかという理由をいうと、第一に、簡潔なコミュニケーションのためです。上の例でみてもわかるように、三人称にするためには、つけ足さなくてはいけない部分がどうしてもでてきます。そのために、どうしても、長くなってしまうのです。一人称にすれば、簡潔に通訳できます。

第二に、通訳表現が第三者をへた間接的なものにならないことから、実際に発言しているひと同士の直接的なコミュニケーションの成立に役立つからです。医療行為は本来、患者と医師・医療従事者のあいだの直接的コミュニケーションにもとづくものです。言語の壁によって、この直接的コミュニケーションがなり立ちづらい状況で、医療通訳はサポートにはいります。ですので、医療通訳は患者と医師・医療従事者のあいだで直接的なコミュニケーションが成立するようにちからをつくさなくてはなりません。そのためには、一人称の通訳が最良の選択肢なのです。

一人称をつかうことを現場でつたえる

プレセッションのことを紹介したときにもつたえましたが、実際に医療通訳のサポートにはいった場合には、一人称で翻訳をすることを現場できちんとつたえるべきです。通訳をつかうことになれていない人の場合、一人称をつかった場合の”I”がさしているのが発言者(患者または医師・医療従事者)なのか、それとも、通訳自身なのかという点で混乱してしまう可能性があるからです。

実は、ここで疑問がでてきます。通訳が質問をしたい場合には、どうすればいいのかということです。つまり通訳が自分自身のことばで発言をする必要がある場合にどうするのが適切なのかということです。三人称に切りかえるというのがひとつの方法です。”The interpreter wants to ask a question”とか「通訳が質問があります」とか、主語を三人称にするという方法です。この方法をとったとしても、日本語については、一人称と三人称の切りかえが、あまりはっきりしないので、通訳はその場に応じてアレンジする必要があるでしょう。