AI・ロボットが近い将来に人間から取りあげるであろう仕事が話題に
AIの採用というのは、各分野ですすんでいますし、これからもすすんでいくでしょう。ここ数年、各研究機関がAI・ロボットによって近い将来、どのような仕事が人間からうばわれていくであろうか発表しています。こういった話は、ニュースでもよく取りあげられています。とくに野村総研が数年前に発表した研究結果は、20年以内に国内の労働人口のほぼ半数がAI・ロボットによって取ってかわられる可能性があるということで、いまでもしばしば話題にのぼります。
翻訳・通訳の分野についていうと、Google翻訳や、Skypeの自動翻訳機能など、翻訳アプリの普及もあり、身近でAI・ロボットの進化をかんじることができることから、AI・ロボットによって席巻されるだろうとおおくの方がみなしているようです。個人的にも、なんどとなく、通訳という仕事はなくなるでしょうということをいってくるひとにあったことがありますし、私自身も、そうなるかもしれないなと、なんとなくおもっていました。では、それは事実なのでしょうか。仮に事実だとして、医療通訳の仕事もAI・ロボットによって取ってかわられてしまうのでしょうか。
通訳・翻訳はまだまだ人間の仕事と研究機関の調査
英国BBCのウェブサイトでは、どの職業がこの20年で(AI・)ロボットに取られてしまうか、その確率をしらべることができます。通訳者(interpreter)はでていませんが、それによると翻訳者は執筆者(Author、writer or translator)とともにしらべることができます。そして結果は意外に低く、”It’s not very likely (33%)”(可能性はそれほど高くない)とのなっています。
先ほど取りあげた野村総研の研究では、「代替可能性が高い」職種が100種あげられています。ここでも、翻訳者も通訳者も100種のなかにはいってはいません。こういった研究結果をみると、通訳・翻訳といった仕事がAI・ロボットに取ってかわられるという一般にみられる見方は、やや結論をいそぎすぎているようにみえます。
AI・ロボットが苦手なことは
なぜ、AI・ロボットによる通訳・翻訳の代替可能性が高くみられていないのでしょうか。その点について、まったく別の観点からかんがえていきたいとおもいます。AI・ロボットというと、最近発展がいちじるしいのが将棋ソフトの世界です。いまでは、名人にさえ勝ってしまうほど、将棋ソフトの性能は向上しています。そのなかでも、最強と言われるPonanzaというソフトがあるのですが、その開発者である山本一成氏は、インタビュー記事のなかで、AI・ロボットとこんごの職業のありようをかんがえるうえで、とても興味深い話をしています。
まず、「プロの真似はできても、プロが何を考えているのかは分からない」という前提で開発がすすめられたということです。つまり、ひとの内面をおもんばかることをやめたところに開発上の重要なステップがあったということがわかります。また、開発者は「コンピューターはものすごく頭が悪いですよ。特に『察する能力』はゼロですね」とはなしています。そして、ルールの例外について対応する力がまったくないという特徴を指摘をしています。
こういったAI・ロボットの分野で最先端をいっている将棋ソフトの開発者のことばに耳をかたむけると、AI・ロボットがどういったことが得意で、どういったことが苦手かということがみえてくるようです。ひとがあるルールにしたがってとる行動についてそれをまねて、かつ向上させていく(ちょうど将棋の力をのばしていくように)ことはとても得意としている一方で、ひとがある行動をとったときに、その行動がどのような内面的な理由にもとづいておこなわれているかを分析していくことは苦手だということのようです。
Google翻訳をみてみよう
ことばのコミュニケーションの場におきかえて、かんがえてみましょう。”What did you do that for?”という文を例にとりあげましょう。このところ評判がよくなっているGoogle翻訳をつかってみていきます。Google翻訳をたすけるために以下のとおり文章を作ってみました。
-She said, “What did you do that for?”
-She screamed, “What did you do that for?”
-She demanded, “What did you do that for?”
Google翻訳は、次のとおり、訳をかえしてきました(当ブログでは、iOSアプリのGoogle翻訳を使用しているので、Web上とは結果がすこしちがう可能性があります)。
-彼女は言った、 “あなたは何のためにそれをしましたか?”
-彼女は叫んだ。「何のためにやったの?」
-彼女は、「何のためにやったの?」と要求した。
ある行動の理由をたずねる”What did you do that for?”という質問も、その文脈によっていくつも訳し方があるでしょう。たとえば、とんでもない失敗をした人にたいして、批判としてなげかける場合など「なにやってんだ?」と訳したほうがすっきりすることもあるでしょう。上の例文では、失敗にたいする批判としてなげかけられたとの文脈をかんがえて、その文脈をつたえるために動詞を”said” “screamed” “demanded”とおきかえて、Google翻訳に入力してみました。訳をみてみると、ある程度、文脈をつたえていることに成功しているようにみえます。
文脈を言語化するのはむつかしい
そもそも、この<文脈>というものは、どのようにうまれているのでしょうか。この例文でいうと、どのように人のなかで処理されて、批判を口にすることをきめるのでしょうか。通訳者・翻訳者という立場からいうと、どのようなプロセスをへて、このことばは批判として訳すべきだ、このことばは単なる質問として訳すべきだと判断するのでしょうか。
ふたたび、Ponanza開発者である山本氏のことばをご紹介します。「人間は分かっていることをプログラミングに書くこと非常に困難なんです。知っていることを言語化するのはそんなに簡単なことじゃない……というか、ほとんどできないですね。」
コミュニケーションにおいて大切な「空気をよむ」ということの意味を説明することは、おおくの方ができるでしょう。しかし、「空気をよむ」という行動そのものを精査に言語化することができるでしょうか。とても困難でしょう。現実には、おおくの方が「空気をよむ」という行為を日常でこなしています(うまい、へたはもちろんありますが)。むしろ、この行為ぬきには、円滑にコミュニケーションをとることはむつかしいでしょう。
通訳・翻訳は異言語間のコミュニケーションの橋渡し
通訳・翻訳は、異言語間のコミュニケーションの橋渡しをするという、まさにコミュニケーションの仕事です。明確なルールがきまっているわけでなく、その場、その場で判断をくだし、ルールそのものも調整していく可能性をふくむ職業ですといえるでしょう。<受容化・同化>(domestication)と<異質化・異化>(foreignization)の課題など(この課題についてはいずれ、当ブログでふれたいとおもいます)、判断基準の明確な基準がないままにこなしていかなければいけないのです。
AI・ロボットが翻訳・通訳をこなす時代がいつかこないとはかぎりません。しかし、AI・ロボットがこなさなければいけない、コミュニケーションという行為そのものの説明がまだまだつかないのに、すぐにそういった時代がくるとかんがえるのはやや早計ではないでしょうか。後編では、医療通訳の分野におけるAI・ロボットの可能性についてかんがえてみたいとおもいます。