「大草原の大きな家」で犬にかまれてERへ

以前、当ブログで僕がインドで犬にかまれたはなしをしました。そのなかで、最初に犬にかまれたのは、アメリカでだったとかきました。その経験があったので、狂犬病だけが危険なのではなく、破傷風のほうがむしろこわいんだということを、インドで犬にかまれたときは知っていたんですよね。診断のながれをしっていたことが強みとなりました。医療通訳にとってたいせつな、診断のながれを理解するということが、この2つの「痛い」体験を振りかえることであらためて、確認できました。

「大草原の大きな家」から同級生たちは大学へきていた

僕は大学時代をアメリカの中西部の片田舎で過ごしました。クラスメートのおおくは、大学生としてはファースト・ジェネレーションでした。つまり、彼らの親は高卒がせいぜい、大学にいくことになんの意味もかんじていない農家の経営者たちがほとんどでした。僕のクラスメートたちは、そういった親たちの無理解による反対を押し切って、将来へのおもいを胸にじぶんたちの力(ローンとか奨学金とかをえることで)で、大学に来ていたのです。

彼らの実家にたまにつれていってもらうと、まわりになにもない、どこまでもひろがるトウモロコシ畑のまんなかにポツンとたっている農家であることがおおかったです。彼らの両親は、僕が外国人であることについて正面きっていやな顔をすることもありませんでしたが、こどもの友人として歓迎している雰囲気もありませんでしたね。きもちのうえで、とても距離が遠いかんじでした。僕の友人が女の子であった場合、兄弟は顔をしかめることがすくなくなかったですね。

そういや「大草原の小さな家」っていうアメリカの人気ドラマがむかしやってました。あのドラマって、僕がいた地方が舞台だったんですよね。さすがに僕の友人たちの実家は、それほどちいさくはなかったですけどね。むしろ「大草原の大きな家」ですかね。

友人のガールフレンドの実家へあそびにいく

僕のルームメイトにバングラディッシュ出身のナセルがいました。ある週末、ナセルがガールフレンドのリンダといっしょに彼女の実家にあそびにいくというので、それにつきあうことにしました。リンダの実家も、ご多分にもれず、州道からはずれた砂利道(gravel road)をずっといった先にある、となりの家をたずねるのにあるいていったら、いつたどりつけるのかというような、野なかの一軒家でした。

リンダの家が、他のクラスメートたちの家とちょっとちがっていたのは、お父さんが早くになくなっていて、しかも、こどもは女の子が4人だけと、女性オンリーの家だったということです。そして、野なかの一軒家に住んではいても、お父さんがなくなったことで、農業をもう営んではいませんでした。

外国の犬には、やっぱり日本語はダメ?

リンダの家では、中型犬を一匹かっていました。とても、性格のいい、かわいい犬でしたね。記憶では、どちらかというと和犬にちかいような外見だったとおもいます。

そのころはまだかまれたことがなかったので、犬に対していっさい恐怖心はありませんでした。それに、リンダの家の犬はとてもおとなしくてかわいいかったので、わんちゃんの顔に自分の顔を押しつけ、かまっていたんです(2度も犬にかまれたあとは、そんな気にはなれません)。

自分でもなんでそんなことをおもいついたのか、いまでもふしぎなんですが、いつのまにか日本語でそのわんちゃんにむかってはなしかけたんですよ。なにをいったかは、もうずいぶんむかしなんで、おぼえていないんですが、たぶん「おまえ元気か。かわいいな」とかそんなことを日本語でいったんだとおもいます。

はじめてきいた日本語で混乱してしまったのかな。おとなしかったわんちゃんが、急にほえだして、僕にとびかかってきました。僕はびっくりして飛びのきました。そしたら運悪くちょうど、僕の股間にわんちゃんの口がきちゃったんですね。

うまくよけられたとおもったんですけどねぇ。ダメでした。ジーパンの股間の部分に5㎝くらいの裂け目ができていました。血がにじみでてきました。あわてて、部屋のなかにはいって、パンツをおろすと、大事なものをいれる袋の部分に牙のあとでぽっかり穴があいちゃってるような状態でした。

ビックリしましたね。といっても、そのときはインドで犬にかまれたときほど、大騒ぎはしませんでしたけど。とはいえ、相当動転したのは事実です。見た目、袋に穴があいちゃった感じなんですからね。

バレット(Barret)というリンダの家の近くになる町は人口が500人にもみたないちいさなところでしたらから、そのあたりでもいちばんおおきい町にいそぎました。とおおおきいとはいってもバレットにくらべてということで、そのエルボー・レイク(Elbow Lake)でさえ、人口がせいぜい1000人にいくか、いかないか程度のちいさな町だったんですけど。

医師は冷静に犬の経過観測について説明

駆けこんだERで消毒をしてもらい、よくみてみると、さいわいなことに穴があいたようにみえたキズもたいしたことのないひっかき傷(scratch)でした。ホッとしていると、ナセルと、もうひとりいっしょだったスリランカ人のシャミータが、狂犬病(rabies)の可能性について医者に質問をはじめました。あとからかんがえてみると、ふたりとも南インド出身だから、狂犬病についてリアリティがあったんでしょうね。

振りかえると、日本人とバングラデッシュ人にスリランカ人という3人組が、ど田舎の病院のERにかけこんできて、しかも股間を犬にかまれたなんてうったえるなんてのは、B級コメディー映画になりそうな感じですよね。しかも、週末ですよ。でも、医師は冷静でしたね。たんたんと、しかも快活に説明してくれました。

「発症していないようにみえても、犬がかみついた原因は狂犬病である可能性がある」
「狂犬病のワクチンは、からだへの負担がおおきいからなるべくうちたくない」
「かんだ犬は特定できているから隔離する」
「犬の経過を観察し、狂犬病の症状がでてくるか確認する」
「患者への狂犬病のワクチン投与は、犬の発症を確認してからでも間にあう」
「狂犬病よりも、感染の可能性が高いのが破傷風(tetanus)なので、破傷風のワクチンはすぐにこの場でうったほうがいい」

医師の「たんたんと、しかも快活に」という姿勢は、すごい説得力があったなとおぼえています。異文化・異言語の環境(アメリカのそんな田舎で救急病棟にかけこむなんて僕でもはじめてでした)のなかで、冷静でありながら、おもくない姿勢を医者がしめしたってのは患者である僕を安心させました。もちろん、はじめてあった医師でしたけど(そして2度とあうことはありませんでしたけど)信頼して判断に耳をかたむけることができました。医療通訳をやるうえで、おもいだすと参考になります。

たんたんと処置してくれたので、こちらは気もちが落ちつきました。医療通訳となったいま、冷静な姿勢というのは医療の現場で大切だということが振りかえるとあらためてわかります。

あのとき、どうして狂犬病や破傷風って病名がわかったのか、いまからかんがえるとふしぎです。大学に戻ってから辞典で確認したことはまちがいないとおもいます。たぶん治療室のなかでは「rabies→狂犬病」「tetanus→破傷風」とか2言語でかんがえたのではなく、rabiesはrabies、tetanusはtetanusとして受けとめ、医師がいいたいことを理解していたんだとおもいます。

そうできた僕はラッキーだったんだと思います。医療通訳を必要とする外国人患者さんはそうはいきませんよね。「狂犬病→rabies」「破傷風→tetanus」という置きかえが必要になります。それに医師がどういったながれで、どう説明するかといったこともしっていなければなりません。しっかりとした準備が必要です。

犬の処分についての希望をきかれる

ビックリしたことは、医師から犬の処分について希望をきかれたことです。ひとをかむような危険な犬だから、殺処分を希望するかと、質問してきました。もし希望したら、犬は殺処分されるといわれました。

僕はなんの処分も求めないとつたえました。女ばっかりのリンダの家において、家の番犬、そして一家の一員として、そのわんちゃんはある意味おとうさん代わりをしていました。リンダの家に滞在して、そのことが僕にはよくわかりました。そんなわんちゃんを殺せとは、とてもいえませんでした。リンダとはクラスメートでしたし、人間関係をわるくもしたくありませんでした。そもそも、ひとをかんだ犬は殺処分なんて発想もありませんでした。

感心したのは、大学にもどった僕に、事故のはなしをきいたパキスタン留学生たちが口々に「なんで殺さなかったんだ」といってきたことです。「犬の分際でひとにかみつくなんて、もってのほかだ」といっていました。こんなところにも、文化の差がでるんだなとかんじました。こういった文化の差を自分の痛い体験とともに体感したことは、医療通訳をやるうえで大きなプラスだったとかんじます。

すべては遠いむかし

ところで、アメリカで病院にかかったはなしをきくと、よく高額な治療費が話題になります。その点、どのくらい僕の治療にお金がかかったのか気になるところです。しかし、お金については、残念ながら記憶がはっきりしません。ぼんやりと、おぼえているのは、ちいさな町をいくつかカバーしている病院だったので、医師とリンダの家がしりあいで、融通をきかせてくれたということです。あのころは、そんなところも、アメリカの田舎にはありました。いまはわかりませんが。

このはなしをかくうえで、ちょっと確認したいことがあったので、ナセルにフェイスブック・メッセンジャーで連絡をとりました。彼もそのできごとはおぼえていましたけど、すべては「long long time ago」ということでディテールについてはなにもおぼえていませんでした。

あのときは、犬にかまれたことに動転するばかりで、狂犬病も、破傷風のこともよくわからなかった僕がいまでは医療通訳をやっているんだと、フェイスブックでつながってはいても、直接連絡をとりあうのは久しぶりだったので報告しました。

あのころは、ほんとうに楽しかったよな、「Good old days」といいあうばかりで、すべては、とおい昔のはなしになってしまいました。