語の要素をつかった医療英単語へのアプローチ

まずは、医療英語とは関係ないところから話をはじめます。8月1日に米俳優のサム・シェパードという方がなくなったとのニュースがながれました。日本では、工藤夕貴のハリウッド進出作として宣伝された『ヒマラヤ杉に降る雪』という映画で、主人公の父親役として出演したことが一番しられているかもしれません。もちろん、映画ファンであれば、俳優だけでなく、脚本家としてもひろく活躍していたことをしっているでしょう。

さて、サム・シェパード氏がなくなったことをなぜ取りあげるのかというと、彼の死因が訃報のなかで、こうかかれていたからです。

“Sam Shepard has died from complications related to amyotrophic lateral sclerosis (ALS), known as Lou Gehrig’s disease”

サム・シェパード氏は、筋萎縮性側索硬化症、いわゆるALSに関連した合併症でなくなったということなんです。このALSは日本国内では指定難病になっています。有病率(prevalence)が10万人あたり2〜7人という、まれな疾患なのですが、2014年にアイス・バケット・チャレンジがはやったことで、しっている方もふえたとおもいます。

このALSの「筋萎縮性」を意味する「A」は、記事にもあるとおり、amyotrophicの頭文字です。医療分野では、こういった頭文字を組みあわせた頭字語(acronym)を多用します。さて、この「amyotrophic」ですが、語の要素に頭をなれさせるためにはとてもいい単語だとおもいます。では、実際に「amyotrophic」をつかって、語の要素にアプローチしましょう。

まずは「amyotrophic」を語の要素に分解してみましょう。はじめてだと、どこでわければいいかむつかしいかもしれませんが、「amyotrophic」は「a」と「myo」、「troph」「ic」の4つの語の要素でできています。それでは、当ブログの『接頭辞・接尾辞・連結形』を参考にしながら、それぞれをみていきましょう。

a」はギリシャ語由来の語の要素で、「非・無」を意味します。うしろにくるものが「ない」ことを意味するんですね。たとえば、「症状の」という意味のsymptomaticという形容詞につけて、asymptomaticとすると「無症候性」「症状がでていない」(形容詞)となります(症状と徴候はちがうので、正確には無症状性と訳すべきだったのでしょうけど、「無症候性」と訳されている単語がほとんどとみられます)。「無症候性血尿」(asymptomatic hematuria)などがあります。

my」はギリシャ語由来の連結形で、「筋肉」をあらわす語の要素です。心筋梗塞 myocardial infarctionの「心筋」にあたるmyocardial(形容詞)でみたことがある方もおおいとおもいます。「髄・脊髄・骨髄」を意味する「myel」など、似たような語の要素がおおいので注意しましょう。

troph」は「栄養・発育」を意味する語の要素です。筋ジストロフィーのジストロフィーはdystrophyで、やはりこの「troph」がつかわれていて、「不全」などをあらわす「dys」とあわさり、単語をつくっています。「変化」とか「(ホルモンなどが)影響をあたえる」をあらわす「trop」と混同しないように気をつけましょう。

ic」についてはこまかい説明は不要でしょう。「…のような」「…の性質をもつ」といった形容詞をつくる語の要素(接尾辞)です。医療以外の一般英語のなかで、なんどもみたことがあるとおもいます。

このように、英単語は語の要素に分解することができます。とくに医療英語の分野では、合理的に語の要素が組みあわされて単語がつくられているものがすくなくありません。語の要素を意識的につかうと、ボキャブラリーを効果的にふやすことができるでしょう。ただし、以前にもかきましたが語の要素をかたっぱしからおぼえようとすると、とてもたいへんです。まずは、自分のまなんだ医療英単語をならべてみて、共通項となる語の要素があるかみてみましょう。そして、その語の要素をしらべてみるのです。そうすることで、語の要素がだんだんと身についていくでしょう。

最後に、サム・シェパード氏と共演した俳優のマシュー・マコノヒーが訃報をきいたときのインタビューを紹介します。このインタビューは、とても短いですが、おもしろい表現がいくつかでてきます。なお、マシュー・マコノヒー氏はとてもクセのあるはなし方をするので、聞きとるのはむつかしいという方もいるでしょう。

英語 日本語
the passing of… …の死去、逝去 死ぬを婉曲にあらわすpass awayとともに婉曲表現としておぼえましょう
from what? なんでだ 日本語で「なぜ」「なんで」という表現は「why」であらわしたくなりますがおおくの場合、「how」の方が適切です。ここでは「die from」から「from what」ときいています
move on 死ぬ、なくなる 「死後の世界へいく」という意味でこういう表現がさらっとでてきています。ある意味とても宗教的な表現です
see you in the next one あの世であおう 日本人にとっても理解できる表現ではありますが、宗教観がにじみでた表現です

【参考資料】

内分泌系についての基本の基本 — 医療通訳資格試験にむけて

内分泌系(the endocrine system)は、神経系(the nervous system)とともに、ホメオスタシス(homeostasis)をささえる重要なシステムです。神経系の電気信号によるすばやい作用とちがって、ホルモンによって比較的ながい時間をかけてカラダに影響をもたらします。内分泌系では、腺(gland)という細胞または細胞組織からホルモンが分泌されます。ホルモンについては、まだまだわからないところがすくなくおおいので、試験ではやや取りあつかいづらいトピックです。しかし、代表的な腺(内分泌器官)についての知識を取りあげた問題は医療通訳の試験によくでてきますので、ぜひおぼえておきましょう。

また、内分泌と外分泌のちがいについてはざっくり(学術的にはよりこまかい分類があるけれども)と、内分泌がカラダのなかの血液やリンパ液といったカラダの内側にある体液中に分泌することをさし、外分泌がカラダの外側へと分泌することをあらわすとおぼえておきましょう。ただし、気をつけなければいけないのは、消化管の内側はカラダの外側とかんがえるということです。ここは直感的にはやや混乱してしまうところでしょう。単純化すると、人間のカラダはリング・ドーナツ状になっているのだと理解しましょう。内側の空洞部分が消化管です。そして、カラダとはドーナツの生地の部分のことをいうのだとおぼえておきましょう。そして、カラダの内側とは生地のなかのことをいうのです。注意しましょう。

内分泌腺・内分泌器官 endocrine gland/endocrine organ
松果体 しょうかたい pineal gland/pineal body/conarium/epiphysis cerebri
下垂体 かすいたい pituitary gland/pituitary body/hypophysis
甲状腺 こうじょうせん thyroid gland/thyroid
副甲状腺・上皮小体 ふくこうじょうせん・じょうひしょうたい parathyroid gland/parathyroid
副腎 ふくじん adrenal glands/suprarenal glands
膵臓 すいぞう pancreas
卵巣 らんそう ovary
精巣 せいそう testicle/testis
胸腺 きょうせん thymus
視床下部 ししょうかぶ hypothalamus

※胸腺については不明な点があることから、内分泌器官として分類すべきかかんがえがわかれています。内分泌系において重要な役割をになっている視床下部についても内分泌腺と呼ぶかについてはみかたがわかれています。このほかにも、内分泌機能がある器官はおおいのですが、分類にはばらつきがあります。

【参考資料】

現病歴をたずねる表現をまなぼう — OLD CAARTS

患者に寄りそい、症状についてのなやみをくみ取るためにも、病歴をたずねる表現はとてもたいせつです。日本の医療現場では、問診票がひろく定着しているので、おおくの部分を問診票がひきうけています。外国語の問診票も厚生労働省が提供しているほか、各地のNGOや医療機関が用意しているので、充実してきています。

それでも、診察室のなかでは、鑑別診断のために医師から患者へさまざまな質問(問診: history taking)がなげかけられます。どのような点を意識して、医師が患者へ質問しているのかをしることは、診察のながれをつかみ、スムースな通訳をおこなううえで、とても大事なことです。

医学の分野では、おおくの頭字語(acronym)がつかわれますが、ここでは、OLD CAARTSにしたがって、現病歴をたずねる質問をいつかみていきましょう。OLD CAARTSは以下のことばの頭文字をとったものです。ただし、医学部や病院によっては、OLD CARTとしたり、べつのことばをつかったりするところもあります。

  • Onset 発症
  • Location 部位 (放散 radiationの有無)
  • Duration 期間
  • Characteristics 特質、特性
  • Associated factors 随伴因子
  • Aggravating factors/provoking factors 増悪因子
  • Treatments 治療
  • Severity 強度(スケールを使う)

かならずしも、この順番にそって問診がすすむわけではありません。疾患によっては、問診のやりかたもかわります。あくまで目安にしましょう。注意すべきなのは、医師がこういった点に着目して、患者がどのような疾患にくるしんでいるのか、鑑別診断をしていくということです。

発症 onset
頭痛はいつからですか When did the headache start?
痛みは徐々に始まりましたか Did the headache come on gradually?
痛みは突然始まったのですか Did the headache come on suddenly?
部位 location
特にどのあたりが痛みますか Were exactly does it hurt the most?
同じところがずっと痛いですか Does the pain stay in the same place?
期間 duration
ずーっと、痛いのでしょうか Do you feel the pain all the time?
いつが1番痛みますか When does it hurt the most?
どのような時に痛みますか When do you feel the pain?
特質・特性 characteristics
どのような痛みですか Could you describe the pain?
随伴因子 associated factors
ろれつがまわらないなどの症状はありますか Have you been experiencing slurring of speech or anything like that?
手足がしびれますか Do you feel tingling and numbness in any of your hands or legs?
増悪因子 aggravating factors/provoking factors
なにをすると痛みが増しますか What makes the pain worse?
緩解因子 relieving factors/palliating factors
何をすると痛みが軽くなりますか What makes the pain better?
治療 treatments
薬を何か飲みましたか Have you taken any medication?
強度 severity
痛みの幅が0(または1)から10あって、痛みがないのを0(または1)、そして10が最悪の痛みとすると、今の痛みはどのくらいでしょうか On a scale of 0/1 to 10, with 0/1 being no pain and 10 being the worst pain you can imagine, how would you rate your pain?

【参考資料】

「国際共通語としての英語」についてRobin Walkerの講演をみる

英語教育というのはいままで、英語を第2言語(English as a Second Language、ESL)の英語)とかんがえて、世界中のノン・ネイティブにおしえられてきました。しかし「医療通訳はどの英語を勉強すべきか — 『国際共通語としての英語』を読んで」でふれたように、英語をESLではなく国際共通語としての英語(English as a Lingua FrancaELF)としてとらえて、ノン・ネイティブへの英語教育をすすめるうごきが英国でうまれつつあります。

ESLとELFのちがいについておおまかに説明すると、まず、ESLは第2言語というくらいですから、第1言語としての英語(English as a First Language)があること、つまりネイティブがいることを前提にしています。ですから、おのずといかにネイティブに近づくのかということが目標となりがちになります。一方、ELFはネイティブの英語を前提としていません。ネイティブであるか、ノン・ネイティブであるかにかかわらず、会話が成立することを目標としているのです。

ELFについての理解をふかめるために、ELFによる英語教育を実践している英語教師のひとり、Robin Walkerが2014年9月にスペインでブリティッシュ・カウンシルの主催でおこなった講演の動画をご紹介します。Robin Walkerは、スペインの大学で何十年とESLをおしえてきましたが、自身の経験にもとづき、いまではELFをおしえるべきであるとかんがえるようになっています。この講演では、EFLにおける発音のとらえかたについて説明しつつ、ELFの重要性を説明しています。

講演を紹介する前に、とくに医療通訳をめざす方にELFを紹介する理由を講演のなかから取りあげたいとおもいます。Robin Walkerは英語をネイティブ中心にかんがえることのあやうさをしめすために以下の事実を指摘しています。

“English today is 80% of time spoken in the absence of native speakers, non-native speaker speaking to non-native speaker.”

つまり80%の英会話は、ネイティブがいないノン・ネイティブの間でおこなわれているというのです。これは、医療通訳の現場においても、似たような状況です。米軍基地と提携しているNTT東日本・関東病院のような医療機関でもなければ、医療通訳が英語でサポートにはいる患者のおおくが英語圏(anglosphere、inner circleなど)以外の国からきているのです。

講演のなかでくりかえし、Robin Walkerはcomfort zoneという言葉をつかっています。居心地のいい場所、居やすいところといった意味です。このELFというかんがえは、いままでの英語教育からのおおきな転換をもとめるもので、ネイティブ中心でおこなわれてきたやり方からの離脱を意味します。いままでとおなじやり方をつづけるcomfort zoneからでていく必要があるのです。ですから、英国でもまだまだこれからのものといったようです。しかし、医療通訳の現場をかんがえると、無視できないうごきだとかんがえます。

ROBIN WALKER: ‘Pronunciation Matters – re-thinking goals, priorities and models’(講演は08:10くらいからはじまります)

なお、ロビン・ウォーカーのプレゼンテーションのPDFがここからダウンドードできます。この講演ではつかわれたものではありませんが、内容がちかいものですので、興味のある方はご参考までに。

vowels 母音
consonants 子音
clusters 子音連結
word stress 語強勢
sentence stress 文強勢
stress-timing 強勢拍
weak forms 弱形
schwa シュワー/あいまい母音
tones 声調
diphthong 二重母音/複母音
fall 上昇(調)
rise 下降(調)
standard native speaker accent 標準的ネイティブ・スピーカー・アクセント
received pronunciation/RP 容認発音
NS accent/native speaker accent ネイティブ・スピーカー・アクセント
comfortable intelligibility 快適音声明瞭度 “Native English speaker-listeners should not have to work too hard to understand them, even though the speaker clearly has non-native speaker accent.”
international intelligibility 国際音声明瞭度 “We can speak our English anywhere with accent that we have and we will be understood by any listener.”

参考資料など

講演のなかで言及された資料・発言の引用元などを紹介します。

Professor David Crystal
As of 2013, less than 3% of the UK population speak RP.

The foundations of accent and intelligibility in pronunciation research
by Dr. Murray J. Munro and Dr. Tracey M. Derwing
One very robust finding in our work is that accent and intelligibility are not the same thing. A speaker can have a very strong accent, yet be perfectly understood.

English Next (2006) by David Graddol
“Global English is often compared to Latin, a rare historical parallel to English in the way that it flourished as an international language after the decline of the empire which introduced it. The use of Latin was helped by the demise of its native speakers when it became a shared international resource. In organisations where English has become the corporate language, meetings sometimes go more smoothly when no native speakers are present. Globally, the same kind of thing may be happening, on a larger scale. This is not just because non-native speakers are intimidated by the presence of a native speaker. Increasingly, the problem may be that few native speakers belong to the community of practice which is developing amongst lingua franca users. Their presence hinders communication. ”

“In the new, rapidly emerging climate, native speakers may increasingly be identified as part of the problem rather than the source of a solution. They may be seen as bringing with them cultural baggage in which learners wanting to use English primarily as an international language are not interested; or as ‘gold plating’ the teaching process, making it more expensive and difficult to train teachers and equip classrooms. Native speaker accents may seem too remote from the people that learners expect to communicate with; and as teachers, native speakers may not possess some the skills required by bilingual speakers, such as those of translation and interpreting. ”

NON-NATIVE PRONUNCIATION MODELS IN THE TEACHING OF ENGLISH?” by GABRIELA MIHĂILĂ-LICĂ

医療通訳はどの英語を勉強すべきか — 『国際共通語としての英語』を読んで

国際共通語としての英語 (講談社現代新書)』という興味ぶかい本をよみ、あらめて「医療通訳はどの英語を勉強すべきか」という課題をかんがえました。しかし、この課題を取りあげることについては、なんでそんなことをいうんだろうとおもう方もいるかもしれません。どの英語もなにも、英語は英語はだろうと。といっても、ちょっとかんがえればわかるとおもいますが、英語といっても、イギリス英語、アメリカ英語、オーストラリア英語、カナダ英語など、それぞれ特徴があり、ちがいがあります。「どの英語を勉強すべきか」という課題は、英語のバリエーションをかんがえると、見すごすことはことはできないものでしょう。

英語はひとつではない

日本の学校教育では、圧倒的にアメリカ英語が教えられています。中学高校でcentreなんてイギリス英語流のスペルをならわなかったことでもわかるでしょう(先生によっては、そういうスペルもありますよと教えたでしょうけど)。こういったスペルのちがいは、大別してアメリカ英語流とイギリス英語流があって、医学の世界でも存在します

こういった表現のちがいがあらわれるのはスペルだけではありません。たとえば、BBC Americaは”If a British Doctor Invites You to ‘Surgery’ Should You Be Worried?“という記事で、医学の世界におけるアメリカ英語とイギリス英語の表現のちがいをとりあげています。わたくし自身、英日の医学交流に尽力した経験をもつイギリス人と話をしていたときに、”Are you on any meds?”(「なにか薬は飲んでいますか/つかっていますか」)というよくつかわれる表現について「とってもアメリカンだね」ということをいわれたことがあります。

ネイティブってだれのこと

ところで、日本人が英語の話者についてネイティブとよぶときは、こういったちがいを度外視し、いわゆる英語を第一言語(母国語)としている国々(anglosphere)からきた人たちをひとくくりにしています。「ネイティブのようにはなしたい」というおもいをいだく人はすくなくないようです。しかし、ネイティブとはいっても、ちょっとしらべただけで、英語のはなし方や、つかい方に、あきらかにおおきなちがいがあるのに、ネイティブのようにはなしたいというのは具体的にはどのような意味をもつのでしょうか。当然のようにつかわれているこの「ネイティブ」ということばですが、じっくりとかんがえた方がよさそうです。

医療通訳の世界での英語の使用についてかんがえてみましょう。もし、あなたが英語の医療通訳だとして、現場で担当する患者さんとなるのは、どこの出身者がおおいでしょうか。アメリカ人、イギリス人、あるいはオーストラリア人でしょうか。

じつは、いわゆるネイティブでない患者さんの担当となる可能性がすくなくありません。病院によってばらつきはありますけれども、英語の医療通訳を利用する患者さんの過半数がいわゆるネイティブでないという声が現場からはあがっているといいます。そういった声に耳を傾けると、いわゆるネイティブという患者さんは英語の医療通訳を利用する患者さんの2割から3割程度にとどまることがおおいようです。

世界の英語人口をかんがえると、この割合は偶然ではなさそうです。いわゆるネイティブは世界で3億5千万人前後いるといわれます。一方、ノン・ネイティブとして英語をつかう人の数について正確に統計をとることはむつかしいですが、イギリスの言語学者はネイティブの3倍ほどにのぼるのではないかと推計しています。この推計は日本で英語の医療通訳を必要とする患者さんの内訳に近いものとなっていることがわかるでしょう。

ネイティブでも英語がつうじない?

アメリカ英語でも、イギリス英語でも、オーストラリア英語でも、カナダ英語でも、どの英語でもいいから、ネイティブ並みになれば、英語をはなすもの同士おたがいにつうじるだろうというとそうでもありません。とくにノン・ネイティブについてかんがえると、問題はむつかしくなります。その点については、やはりBBCが”Native English speakers are the world’s worst communicators“という興味深い記事を書いています。。

この記事では、国際会議などでノン・ネイティブ同士だと、うまくはなしができていたのに、ネイティブがはいったとたんに、はなしがギクシャクしてしまうという問題が取りあげられています(”you have a boardroom full of people from different countries communicating in English and all understanding each other and then suddenly the American or Brit walks into the room and nobody can understand them.”)。ネイティブというのは、早くはなしたり、冗談やスラングを連発したり、仲間うちだけにつうじるはなしをすることがおおい(”Anglophones, on the other hand, often talk too fast for others to follow, and use jokes, slang and references specific to their own culture”)一方で、ノン・ネイティブの方がむしろつたえようとしている内容について意識的で、注意ぶかくつたえようとしている(The non-native speakers, it turns out, speak more purposefully and carefully)ことからこのような事態がうまれると記事では指摘しています。

英語学習者がネイティブに近づくことを目的として英語をまなぶと、にたような落とし穴におちいることがあります。医療通訳の学習会で、南アジア出身者の方にまねいて、ロールプレイをおこなったときのある出来事をおしえてもらったことがあります。その学習会でもっとも優秀なバイリンガルレベルの方が通訳にはいったのですが、まったくつうじず、こまってしまったのだそうです。「英語がネイティブなみにできるから医療通訳ができるわけではないんだとおもった」と参加者の方はなしていました。

南アジア出身者は、ネパール出身者だけでも、6万人以上が日本にすんでいるといいます。ネパール出身者にインド、パキスタン出身者だけをあわせても、すくなくとも10万人の南インド出身者が日本にすんでいることになります。医療サービスを受けるとなると、英語の方が安心するという方がすくなくはないでしょう。この方たちにつうじる英語をはなせなかったとしたら、医療通訳として片手落ちではないでしょうか。

共通語としての英語

では、どの英語を医療通訳として身につければいいのでしょうか。その手がかりとして紹介したいのが『国際共通語としての英語 (講談社現代新書)』です。この本では、幅ひろいバリエーションのある英語について国際共通語としての核となる部分をさがす試みが海外ではすすんでいることが紹介されています。

「国際共通語としての英語」(English as a Lingua Franca、ELF)をさぐる試みを理解するうえでたいせつなことは、世界にはネイティブがはなす英語だけでなく、ノン・ネイティブがつかういろいろな英語があるという事実について肯定するという姿勢でしょう。重要な取りくみとしては、「発音」の見なおしがあげられるでしょう。といっても、「発音」を今ままでとはちがったかたちで、画一的にまとめていくというわけではありません。それよりも、発音のちがいの幅をみとめつつ、どこまでがコミュニケーションをなりたたせるためにはゆるされるのだろうか、という点から見なおされています。

ところで、本書でも強調されていますが、言語はその言語がはなされている文化と密接な関係にあります。私が「国際共通語としての英語」を取りあげるのは、日本で医療通訳として活躍することを前提に、どのように英語をつかえばいいのかという課題に取りくむためです。もし、医療通訳の勉強をして、アメリカではたらきたいというのであれば、それこそはアメリカ英語をアメリカ文化とともまなんでいくことがたいせつでしょう。といっても、Grammar Girlことミニョン・フォガティが自身のポッドキャストでくりかえしはなしているように、アメリカ英語にも、かなりのバリエーションがありますが。

日本で医療通訳として英語をつかうには、「国際共通語としての英語」を意識すべきとかんがえます。鳥飼玖美子さんの『国際共通語としての英語 (講談社現代新書)』には、そのためのヒントがたくさんかかれています。ぜひご一読を。