医療通訳の役割を米国終末医療の現場でみてみよう

米国の医薬系ニュースサイトSTAT NEWSが医療通訳をまなぶものにとってドンピシャリの記事 “A dangerous conversation’: Medical interpreters need extra training to help dying patients” を今週公開しました。終末治療における医療通訳の重要な役割についてかかれており、医療通訳にとってとても刺激になる記事ですので、お読みすることをおすすめします。いくつかの興味をひかれた点について、ここではふれたいとおもいます。

医療通訳はアイコンタクトをどうすべきか

“Maldonado pulled up a chair for herself and another for palliative care specialist Dr. Faheem Jukaku, and the two sat at David’s eye level. ”

医療通訳は、じぶん自身と専門医のためにイスをひきよせ、ベッドでねている患者の「眼の高さ」にすわったとあります。アイコンタクトはどうしたのでしょうか。

医療通訳にとって目線をどのようにつかうのかということは、とてもたいせつですし、またとてもむつかしいことです。患者にしても、医師にしても、ことばの壁があるために、なにかと医療通訳を頼る傾向にあります。医療通訳の目線が患者や医師とおなじレベルにあると、医師も患者も医療通訳をみつめてしまいがちになります。しかし、患者と医師がきちんとコミュニケーションをとるためには、医療通訳が介在しているとはいえ、おたがいが直接むきあって、意志をつたえるのがのぞましいとされています。下の動画をみてみましょう。

医療通訳は患者のうしろがわにたち、意識的に目線をはずし、医師と患者がおたがいに直接むきあってはなすことをうながしています。患者と医師がしっかりとコミュニケーションをとるためには、こういった通訳スタイルがベストだろうとの判断から、採用されています。とくに北米で採用されている基本形といわれています。

もちろん、これが絶対なのではありません。たいせつなことは、患者と医師がしっかりとコミュニケーションをとることにはどのような形がのぞましいのかということをつねに追究すべきだということです。この記事には、はっきりとかかれていませんが、専門医と医療通訳がともに患者の「眼の高さ」にすわったということは、動画のようなスタイルはとらなかったということでしょう。「眼の高さ」にすわるスタイルのほうがコミュニケーションにとってのぞましいという判断がはたらいているのでしょう。

サイトトランスレーションはどうするのか

記事でつかわれている写真をみると、医療通訳が検査結果をその場で翻訳(サイトトランスレーション)して患者につたえているようです。キャプションをみると、検査結果を患者に説明しているとのことです。これは、医療通訳がすべきことなのでしょうか。

一般に、医療通訳はサイトトランスレーションをなるべくさけるべきだとされています。診察前に患者が記入をもとめられる問診票ていどであればいいとされていますが、その際も患者がことばの意味がわからなかった場合、医療通訳はそのことばの意味を説明すべきではなく、チェックをつけて、診察で医師に説明をもとめるようにするといわれています。

とくに、同意書(consent form)などの法的にもとめられている書類の記入については、サイトトランスレーションを引きうけるべきではありません。医療従事者に口頭で説明することをもとめ、それを通訳するスタイルをとるのがのぞましいでしょう。

検査結果についてはどうなのでしょうか。この記事の写真のキャプションをみるかぎり、医療通訳は単に検査結果をサイトトランスレーションをしているだけではなく、説明をしているようですね。単に、検査結果表にかかれていることをサイトトランスレーションするのであればいいのかもしれませんが、「説明」をするところまでいってしまうと問題なのではないかとかんがえます。写真用の演出なのかもしれないなとおもいますが、どうなのでしょうか。

ことばのニュアンス、そして文化の差異

“specialists say interpreters need extra training to capture the nuances of language around death.”

「死にかかわることばのニュアンスをとらえるために特別な訓練が(医療通訳には)必要」と指摘されているように、医療通訳にもとめられている能力は、ことばを単純に通訳できるということだけではありません。医師が患者を気づかったはなし方をしていれば、その意図を理解し、ターゲット言語(通訳していくことば、日本語から英語に通訳する場合は英語)のことばやはなし方を調整しなければいけません。

“Many doctors and nurses need the assistance of interpreters not only to overcome language barriers but also to navigate cultural differences. ”

医師や看護師にとって、医療通訳の援助が必要なのは、ことばの壁をのりこえるためだけでなく、文化的なちがいについてうまくやっていくためでもあるのだ、と記事はしています。この文化の差異をうめていく作業というのは、医療通訳にとっておおきな課題です。とくに終末治療においては「死」という患者の文化的背景の根源にかかわるものとむきあう必要があるでしょう。宗教にもとづく死の理解や、残されている家族に対する思いなど、さまざまな点で、おおきな文化的差異に直面する可能性があります。(当ブログのおおくの方がそうだとおもいますが)日本人で日本国内で医療通訳をしている方は、意識的に患者の文化圏についての理解をする努力をかさねなければいけないでしょう。

このほかにも、なるほどとおもわせる気づきをあたえてくれることがいくつも記事のなかには、かかれていますので、よむことをおすすめします。

新医療通訳学校の第2回説明会をおこないます

8月22日の第1回説明会につづき、8月27日土曜日に新医療通訳学校の説明会をおこないます。

第2回説明会

  • 日時 8月27日14:45-15:45(午後2時45分-4時45分)
  • 場所 東京都中央区八重洲1-7-4 矢満登ビル 3F 2号室(1階 CafeRenoir ニュー八重洲北口店)
  • 1時間程度を予定しています。

シルバーウィーク(9月第4週)明けに2コースを用意して、開講いたします。

医療通訳 101

英語の見直しからはじめる8週間(全16回)の入門コースです。
– 入学金 10,000円
– 授業料 138,000円
– 授業時間 月曜日・水曜日 18:15-20:45

医療通訳に興味はあるが、英語に自信がないという方むけのコースです。基礎的な英語を見直しながら、医療通訳にとって必要な英語による医療知識・表現を学んでいきます。とくに医療従事者・医療関連企業在職者にとっては、すぐに現場で活かせる知識が身につけられるうえ、将来的なキャリアプランにも役立ちます。

シニア向け医療通訳入門

シニア世代の課題に合わせた8週間(全16回)のコースです(シニア以外の方も受講できます)
– 入学金 10,000円
– 授業料 138,000円
– 授業時間 月曜日・水曜日 15:15-17:45

シニア世代の方で、ご自身の英語力を社会のために役立たせたいとおかんがえの方に最適のコースです。「医療通訳 101」のカリキュラムにそって、基礎的な英語力の見直しをしつつ、英語での医療知識・表現をまなびます。シニア世代の課題やテーマを盛り込んでいます。

新医療通訳学校が2コースを用意した理由・医療通訳をとりまく環境については説明会でおつたえします。

ご参加をご希望の方は、こちらからお申し込みください。

医療通訳の学校の説明会をひらきます

「医薬通訳翻訳ゼミナール(仮称)」を開校いたします。つきましては第1期として、シルバーウィーク明けの10月3日に医療通訳養成クラスを開講いたしますので、説明会をおこないます。日時・場所は以下のとおりです。

第1回説明会

  • 日時 8月22日18:45-19:45(午後6時45分-7時45分)
  • 場所 東京都中央区八重洲1-7-4 矢満登ビル 3F 2号室(1階 CafeRenoir ニュー八重洲北口店)

ご参加をご希望の方は、当ウェブサイトのContactページのお問合せフォームからお申し込みください。

今期のクラスは、2コースを用意しています。

医療通訳 101

英語の見直しからはじめる8週間(全16回)の入門コースです。
– 入学金 10,000円
– 授業料 138,000円
– 授業時間 月曜日・水曜日 18:15-20:45

シニア向け医療通訳入門

シニア世代の課題に合わせた8週間(全16回)のコースです(シニア以外の方も受講できます)
– 入学金 10,000円
– 授業料 138,000円
– 授業時間 月曜日・水曜日 15:15-17:45

説明会では、医療通訳をとりまく現状・課題にふれながら、新学校がめざしているところと、2コースの内容についておつたえします。

民間資格の取得にむけて基礎から

当校では、受講生の医療通訳の民間資格の取得をサポートしていきます。さらに、民間資格の取得後に横にひろがっていく医療通訳のネットワークづくりを支援します。

医療通訳の勉強をしている方をみていると、基礎的な英語力が不足している人がすくなくありません。そういった点からかんがえて、英語の見直しをふくめて、かなり基礎的なところから授業を進めていこうとかんがえています。

とくに医療機関・医療関連企業につとめているかたで、外国人患者をサポートしたいので医療通訳の勉強はしたいけれども、英語そのものについてやや不安があるという方にとっては、最適なコースを用意いたします。

医療にたずさわる方にまずはがんばってほしい

医療の現場で仕事にたずさわる医師や看護師、検査技師・放射線技師、薬剤師、理学療法士などの方たちが、現場でじかに接する外国人患者を日本人とおなじ水準でサポートするために、ぜひとも医療通訳としてのスキルを身につけてほしいと願っています。

また、将来的な転職や、キャリアアップにも、医療通訳をまなぶなかで得た知識はかならず役立ちます。外国人患者をサポートする能力をもつことは、今後ますます外国人患者がふえることが予想されるなかで、必要な人材となっていくはずです。医療従事者の方が医療通訳の勉強にたいして投資をすることはとても意味のあることだとかんがえます。

シニア世代に力を発揮してほしい

高齢化がすすむ日本では、シニア世代の方たちの力が社会で発揮されることがどの分野でもとても重要です。英語能力をもつシニア世代の方はとても貴重な人材です。その能力を医療の分野にむける投資をすれば、医療通訳として社会に貢献できることは間違いありません。

人材が不足している医療通訳の分野で、シニア世代の方が貢献してくれることは、とても、有意義なことでしょう。東京オリンピックにむけて、医療通訳が必要となる現状ではなおさらだとかんがえます。

発熱についての問診をかんがえる

発熱については、熱型と随伴症状を患者からききだしながら、鑑別診断を医師は行うという話を「発熱についてのおぼえがき」ではしました。

では、どのような質問を具体的にはするのでしょうか。こういったときは、Googleで検索してみましょう。「発熱」と「問診」をキーワードに検索してみました。問診票や、問診のコツといったなかなか興味深いトピックのウェブページが出てきました。こういったサイトを参考にしながら、医師がどのようなながれで診察をするのかを理解して、通訳の準備に役立てましょう。

海外のサイトで、発熱についての興味深い情報をのせているのが、Mayo Clinicです。世界的クリニックだけあって、このサイトはとても参考になる情報をのせていますが、発熱については、具体的にはどのような質問を医者からきかれるかということまで紹介しています。

問診の具体例

下に、Mayoの想定質問と訳を載せておきました。本文をみると、おもしいことに、すべての質問の主語が子どものケースも想定しています。これは、子どもが発熱によって、病院にかかることがおおいためです。ここでは、すべて“you”だけに主語をまとめています。もとのサイトでは、“or your child”が“you”のあとにつづいています。

もし、“your child”をつかう場合は動詞をすべて三人称に対応させる必要があることに注意しましょう。原文がすべて二人称のかたちになっているのは、“or”でむすばれた複数の主語の動詞の場合、動詞のにちかいほうの主語(名詞)に動詞が一致するからです。この点に注意しましょう。

English 日本語
When did the symptoms first occur? 症状はいつからですか(症状がはおきましたか)
What method did you use to take your temperature? どうやって熱をはかりましたか
What was the temperature of the environment surrounding you? 周囲の気温はどのくらいでしたか
Have you taken any fever-lowering medication? 解熱剤はのみましたか
What other symptoms are you experiencing? なにかほかに症状はありますか
Do you have any chronic health conditions? 慢性的な疾患はかかえていますか
What medications do you regularly take? 薬はなにかのんでいますか
Have you been around anyone who’s ill? まわりにどなたか病気の方はいませんか
Have you recently had surgery? 最近、なにか手術を受けたことがありますか
Have you recently traveled outside the country? 最近、海外にいったことはありますか
What, if anything, seems to improve the symptoms? なにか、症状が楽になる(かるくなる)ようなものはありませんか(“what”がものだけでなく行為などをさすことから「これをすれば、症状がかるくなるといったはなにかありませんか」ときくことも可)
What, if anything, appears to worsen the symptoms? なにか、症状がひどくなる(重くなる)ようものはありませんか(「これをすれば、症状がひどくなるといったはなにかありませんか」ときくことも可)

不明熱

発熱は軽い疾患(mild self-limiting illness)の場合から、命にかかわる重篤な疾患(severe life-threatening disease)の場合まで、はばひろい原因でおこっている可能性があります。下記に示す不明熱の場合は、ガンから膠原病、感染症と、重篤な疾患である可能性を徹底的に排除する鑑別診断が必要となります。とくに膵臓に問題をかかえている患者の場合(膵臓機能不全の: 形容詞asplenic) には、注意が必要です。

English 日本語
pyrexia of unknown origin (PUO) ※(古典的)不明熱
Nosocomial PUO 院内不明熱(Latin nosocomium 「病院」から)
Neutropenic PUO 好中球減少性不明熱
HIV-associated PUO HIV関連不明熱

※(1)38.8℃以上の熱(2)3週間以上継続(3)1週間の入院による検査でも診断できない


参考資料

Red Flag Symptoms – Differentiate the causes of fever

胸痛そのものがレッドフラッグ

頭痛(headache)のレッドフラッグについて先日ふれましたが、胸痛はそれ自体がそもそも心血管疾患をうたがわせるレッドフラッグです。ですので、胸痛(chest pain)で患者が来た場合、医師はそれが命の危険がある・命をおびやかす(life threatening)心血管疾患によるものとどうか、徹底的にしらべます。

胸痛の原因となる疾患とは」であげたとおり、胸痛の原因となるのは、心血管疾患(cardiovascular diseases)だけではありません。呼吸系疾患(respiratory diseases)や、消化器系疾患(gastrointestinal diseases)、筋骨格系疾患(musculoskeletal disorders)、精神疾患(mental disorders)といった可能性があります。問診・診察・検査を通じて鑑別していくのです。

ここで、紹介されているOLD CARTはOLD CARTSともいい、以下のものから構成されています。資料によって、Aがちがっていたり、Rがちがっていたり、また2つあげているものもあります。こういったポイントについて問診をして、鑑別をすすめるのです。ちなみに、英語はこういった頭文字をつかった記憶法(mnemonic)がとても好きですが、医療の世界にもとてもおおいですので、これから徐々に紹介していきたいとおもいます。

問診 OLD CARTS/OLD CART

英語 日本語
O onset 発症
L location 部位
D duration 時間・ながさ
C characteristics 性状
A aggravating factors 増悪因子
A associated symptoms 随伴症状
R relieving factors 緩和因子
R radiation 放散
T treatment 治療(歴)
S severity 重度・激しさ

想定質問

英語 日本語
When did the pain first start? いつ痛みだしましたか
Where is the pain? 痛いのはどこですか
How long does it last? 痛みはどのくらいつづきますか
Would you describe the pain? どのようないたみですか
Do you have any other symptoms? ほかになにか症状はありますか
Does the pain travel anywhere else? 痛いか所がほかにうつったりしませんか
Are you currenly on any medication? いま、なにか薬はつかっていますか

これ以外にも、問診で聞きだすポイントとしては以下のものがあるでしょう。

問診2

英語 日本語
age 年齢
smoking 喫煙(歴)
diabetes 糖尿病(既往歴)
cholesterol コレステロール
hypertension 高血圧
obesity 肥満
metabolic syndrome メタボリックシンドローム
inactivity 活動的でないこと
unhealthy diet 不健康な食事
family history 家族歴

想定質問

英語 日本語
Do you smoke? タバコは吸いますか
Are you diabetic? 糖尿病ですか
Have you ever been told that your blood pressure was high? いままでに血圧が高いといわれたことはありますか
Are you physically active? からだをよくうごかしたりしますか
How’s your diet? どのような食事をしていますか
Does anyone else in your family have this condition? 家族でおなじ症状のひとはいますか

身体検査 physical examination

問診につづいて、まずは非侵襲的なテクニックをつかい、からだをしらべていきます。動画であげられているおもなポイントです。医師はこういったポイントに注目しながら診察をすすめていきます。

英語 日本語
inspection 視診
sweating profusely 汗をたくさんかいている
breathing rapidly 息があらい
looking anxious 不安そうにみえる
using accessory muscles to breathe 補助筋をつかって呼吸している
chest retractions 陥没呼吸
auscultation 聴診
an abnormal heart sounds 異常な心音
心雑音 heart murmur
any abnormal breath sounds 異常な呼吸音
palpitation 触診
pulses 脈拍
calf tenderness ふくらはぎの圧痛
edema むくみ、浮腫

検査 Tests

検査は心電図と血液検査、そして胸部X線がおもなものです。動画では、心電図がもっとも重要なものと説明されています。必要に応じて、心エコーechocardiographyをおこなったりします。

英語 日本語
ECG/EKG, electrocardiogram 心電図
cardiac marker 心疾患マーカー
CK-MB1 (心疾患マーカー)クレアチンキナーゼ心筋型・組織
CK-MB2 (心疾患マーカー)クレアチンキナーゼ心筋型・血しょう
troponin T (心疾患マーカー)トロポニンT
troponin I (心疾患マーカー)トロポニンI
chest X-ray 胸部X線

急患への取り組み、男女差など

胸痛の急患については、すばやい対応が必要ということで、病院がどのように努力をしているのかというレポートがあります。2年半ほど前のものなので、いまとなっては最新とはいえないまでも、興味深いものです。

残念ながら字幕は自動生成なので正確ではありません。ただ、YouTubeのページには、トランスクリプトがあります。トランスクリプトがみたければ、動画の下の「もっとみる」をクリックします。

こちらの動画は、胸痛(狭心症)における男女のちがいについてふれて参考になります。残念ながら、トランスクリプトはありません。

参考資料

American Heart Association
Chest pain – Red flag symptoms on GPonline