そもそも、医療通訳ってなに?(3)仕事・資格は?

医療通訳というのはどういう仕事か、だいたいイメージがつかめてきたでしょうか。実際にたずさわると、とても、やりがいがある仕事だと思いますよ。病気でくるしんでいるのに、そのくるしみを、うまくつたえることができない外国人は国内にたくさんいます。病院にいっても、じぶんの病状がつたえられないからいかない、という外国人にあったこともあります。医療通訳は、そういった外国人が日本人と同じように病院で治療をうけるようにことばの面でサポートをする仕事です。

そのためには、外国語をしっかりとつかいこなせる力と医療知識が必要です。といっても、それだけでいいというかんたんなはなしではありません。このブログで、いろいろふれていきますが、実際に医療通訳に求められているものはことばや基礎的な医療知識にかぎらない、とても幅広いものです。ここで、ひとついえることは、つねに患者にとって、ベストなことはなんだろうとかんがえつづける姿勢は医療通訳にとって欠くことはできないものです。

仕事はどこでみつかるの

医療通訳については、おおくの場合、有料ボランティアが担っています。関東エリアでは、MICかながわが、関西エリアでは、多文化共生センターきょうとが組織的に有料ボランティアを病院・クリニックに派遣しています。有料ですので、ある程度の報酬はもらえますが、ボランティアとよばれるくらいですから、低賃金しかいただけないというのが現状です。この点を改善しようという試みはありますが、いかに医療チームのなかに医療通訳を組み込むかが課題となっています。

もっとも、外国人患者の数は着実にふえています。外国人患者の増加を肌でかんじている病院・クリニックのなかでは、医療通訳の採用をおこなったり、検討しているところもあるようです。

JCI認定病院・クリニックに機会をもとめる

病院・クリニックのグローバルスタンダード(国際水準)の認定機関としてJoint Commission International (略称: JCI)があります。来日中の外国人は、海外民間保険会社の健康保険を利用していることがすくなくありません。こういった健康保険の場合、患者がいったん病院で支払いをすませ、その後保健での払いもどしをうけることになります。JCIの認定をうけている病院・クリニックでの治療の場合、こういった払いもどしがスムーズになります。ですので、JCIの認定を受けている病院・クリニックには外国人患者が集中する傾向にあるとみられます。

病院・クリニックの側からみると、JCIの認定というのはとても時間と労力がかかるめんどうくさいものです。そういった認定をうけようとする病院・クリニックは、外国人患者を積極的に受けいれようという姿勢があります。こちらにJCI認定病院・クリニックのリストがあります。こういった病院・クリニックに機会をもとめるのもいいでしょう。

医療通訳の力をもとに他の分野へも

医療通訳としての力をつけると、ことばの力と医療知識が身につきます。こういった能力は医療通訳としてだけではなく、おおくの分野で必要とされるものです。医療通訳として、勉強をしたひとのなかには、病院・クリニックでの仕事につくひとだけではなく、医療機器メーカーや製薬会社へとすすむひともいます。病院・クリニックにつとめたひとのなかにも、医療通訳としてだけでなく、外国語ウエブサイトの立ち上げや、外国からの患者獲得に力を発揮するひとがいます。

医療通訳の力をつけるというのは、かんたんなことではありません。努力と時間がかかります。しかし、その先には、考え方しだいで、いろいろな道がひろがっているのです。

医療通訳の資格はなにかあるのか?

日本国内には、公的な資格はありません。民間資格しかないというのが現状です。かっては、協同組合クラブ・メディカル・ツーリズム・ジャパン(CMTJ)がおこなっていた「医療通訳士技能検定試験」という民間資格がありましたが、CMTJ自体がウエブサイトのメンテナンスもしていない状態ですし、こちらの民間資格試験はいまはやっていないようです。

おなじ「医療通訳士技能検定試験」という名称で一般社団法人日本医療通訳協会が民間資格をおこなっています。2014年から年2回春と秋に英語と中国語で実施しています。正式な移譲ではありませんが、実質的にCMTJの試験を引き継いでいるといえるでしょう。実は一時期、こちらの試験委員をつとめたことがあります。公的な支援でこんご試験を充実させる計画があるとのはなしがあります。

その他、ニチイ学館系といわれる一般財団法人日本医療教育財団が今年度(2016年度)から医療通訳専門技能認定試験をおこなうと発表しています。厚生労働省のもと、多文化共生センターきょうとと医療通訳育成カリキュラムをつくった日本医療教育財団ですが、技能認定試験については独自でおこなうようでし、こんご公的な資格になるかはまだ決まっていないようです。

東京オリンピックが近づくなか、医療通訳による訪日外国人サポートへの関心が高まっています。ブログ『医療英語の森へ』を発信する医薬通訳翻訳ゼミナールは、独学では物足りない、不安だといった方のために、医療通訳・医療英語のオンライン講座もおこなっています。ご希望の方は当ゼミナール・ウェブサイトのお問い合わせページから、またはメールでご連絡ください。

そもそも、医療通訳ってなに?(2) だれにどこで?

東京オリンピックが近づくなか、医療通訳による訪日外国人サポートへの関心が高まっています。ブログ『医療英語の森へ』を発信する医薬通訳翻訳ゼミナールは、独学では物足りない、不安だといった方のために、医療通訳・医療英語のオンライン講座もおこなっています。ご希望の方は当ゼミナール・ウェブサイトのお問い合わせページから、またはメールでご連絡ください。

さて、前回は医療通訳についてはなしをする前に通訳についてふれました。きょうは医療通訳のはなしをしましょう。医療通訳は、「通訳」の前に「医療」がついたことばです。つまり、通訳の一種です。では、どのような種類の通訳なのでしょうか。今回も通訳としての活動が日本であることを前提にはなします。

医療通訳はだれとだれの架け橋になるのか

前回、通訳はおたがいのことばをしらない2者の架け橋になるんですよ、というはなしをしました。まずは、医療通訳があいだにたって架け橋となる、この2者がだれなのかというはなしをしましょう。1者は、日本語ができない、あるいは日本語ができても限定的な外国人です。日本にすんでいる方もいるでしょうし、日本を旅行や仕事で訪問中という外国人もいるでしょう。

もう1者は、医療従事者および医療機関のスタッフです。医師がそうですし、看護師、検査技師、放射線技師なんて方が医療従事者です。そして、病院の受付や事務の方などが医療機関スタッフです。こういった方たちが外国人の反対側にいます。

医療通訳はどこではたらくのか

基本的にはたらく場所は医療施設、つまり病院です。からだの調子がわるかったり、けがをしたりして、病院にきた外国人患者や、健康診断で来院した外国人が日本の病院施設で、日本人とおなじように医療サービスを受けられるために、病院のなかで、ことばによるコミュニケーションの部分をたすけます。

たとえば、電話で予約の問い合わせをしてきたばあい、日本人であれば、事務スタッフが応対します。しかし、外国人の場合は、ことばの壁があって、うまく応対できなかったりします。そこで、通訳があいだにはいって、事務スタッフとのあいだをつなぎます。外国人の方が来院したときの受付での応対も同様です。

診察室のなかでは、医療通訳は、患者である外国人と医師または看護師とのあいだをつなぐ架け橋となります。みなさんが仮に胸が痛くて病院にいくと、医師に質問(問診)されますよね。

「どんな痛みですか」
「痛いのはどこですか」
「その痛みがひどくなるようなことはなにかありますか」

医師はいろいろな質問を投げかけるでしょう。そして、患者であるみなさんは、こういった質問にたいして、こんな感じで答えていくでしょう。

「鋭い痛みです」
「胸の真ん中から左肩にかけてです」
「坂を登ったりするとひどくなります」

患者が外国人である場合、こういったやりとりを医者は日本語で、患者は外国語でするわけですから、そのことばを的確にそれぞれのことばに置きかえてくれるひと(通訳)がないと診察はすすみません。通訳がいないと、他の日本人の方とおなじような治療を受けられなくなってしまいます。そうならないためには、医療の知識にもとづく、正確性と的確性がある通訳技術つまり医療通訳が必要となるのです。

活動の場は病院だけにはかぎらない

おもな活動の場は、病院やクリニックといった医療施設になるでしょうが、けっしてそれだけではありません。たとえば、スポーツ医療のことをかんがえてみましょう。2020年に東京オリンピックをひかえて、訪日外国人の数はふえていますし、スポーツイベントもさかんになっています。実際に、各地でひらかれているマラソン大会などは、かなりの数の外国人が参加しています。こういったスポーツイベントに参加している外国人の方がたおれたり、ケガをしたりするケースはふえてくるでしょう。そうなると、こういった会場に医療通訳を常設する必要がでてきます。そうなると、病院やクリニックといった場所を離れて、陸上競技場や、体育館などで医療通訳が活躍する可能性もでてくるでしょう。

次回は、実際の仕事のはなしをしましょう。ご質問があれば、気軽に問い合わせページからご質問ください。

そもそも、医療通訳ってなに?(1) 通訳とは?

じぶんのやっていることって、それがじぶんにとって当然だからしばらくすると、他の人もわかっているだろうとおもいこんじゃうことってありませんか。さいきん、まったくじぶんのことをしらない方たちとはなす機会があって、医療通訳の話をしていたら、「あのー、医療通訳ってなにやるんですか」ってきかれてしまいました。その方たちは「なにをやっているのか、イメージがわかないんですけど…」とつづけられました。

医療通訳ってそのことばのまんまだろうとおもってたんですけど、よくかんがえてみれば、それはこっちの勝手なおもいこみで、医療ってことばがもたらすイメージも、通訳ってことばがあたえる印象も、ぼんやりとしていますよね。医療といっても範囲はひろいですし、通訳っていうのは、身近な存在じゃないですからなにをやっているのか具体的にはわからないですしね。そこで、やっぱり、ここでもあらためて、医療通訳ってなに、ということをとりあげてみることにしました。

まずは「通訳ってなに」ってことから

医療通訳は医療のことについて「通訳」しますが、まずは通訳ということはなんなのか、ということをお話ししましょう。国内での活動を前提にします。基本となることばは、日本語になります。一方、英語だったり、中国語だったり、韓国語だったり、といろいろな外国語がその反対側にあります(ターゲット言語とこういった外国語をよびます)。日本語のことばを外国語のことばに基本的に同じ意味のまま置きかえたり、反対に外国語のことばを日本語のことばに置きかえることを翻訳と言います。この翻訳を口でおこなうのが通訳です。この「口でおこなう」というのがだいじなポイントです。だれかがはなしていることばをそのまま別の言語に口で置きかえることが通訳なのです。

念のためにいいますけど、通訳ということばにはふたつの意味があります。ひとつは、先ほど説明した口でおこなう翻訳という行為そのものを通訳とよびますし、通訳をおこなうひとのことも通訳とよびます。通訳士ということばもありますが、一般には通訳をするひとは通訳とよばれます。

通訳はおたがいのことばをしらない2者をむすぶ架け橋

通訳が必要となるのは、おたがいのことばをしらない、あるいは、しってはいても十分にうまくはない2者(個人・グループとも)がコミュニケーションをとらなければならないときです。そんなことはしっているよ、というひとはおおいとおもいます。ですが、このことばが通じあわない2者がいるという前提があるということは重要です。それは、日米の首脳会談かもしれませんし、日本にプロモーションにきたK-popシンガーへのテレビ局のアナウンサーのインタビューかもしれません。こういったことばがコミュニケーションの壁になっているひとたちのあいだにたって、2つのことばがわかる通訳は2者が意志をつうじあうための架け橋になるのです。

同時通訳と逐次通訳

通訳にはおおきくわけて、ふたつの方法があります。同時通訳と逐次(ちくじ)通訳です。同時通訳はその名のとおり、ひとがはなしていることを片っ端から同時に通訳していくやりかたです。たまに、海外のニュース番組とかをテレビでみていると、ながれてきたりします。逐次通訳はある程度のながさをはなしたところで、いったんとめてもらって、はなした内容を通訳するやり方です。外国からきたアーティストとかがテレビではなしているときに、一歩ひいたところにひとがいて、外国語ではなした内容を日本語でつたえてくれますよね。こういったときにほとんどの場合採用される方法が逐次通訳です。テレビで機会があったらみてください。

医療通訳についていうと、基本は逐次通訳です。その理由はいくつかありますが、それはまた別の機会におはなししましょう。その前に、次回は、医療通訳はだれに対して、どこで通訳をおこなうのかおはなししましょう。

東京オリンピックが近づくなか、医療通訳による訪日外国人サポートへの関心が高まっています。ブログ『医療英語の森へ』を発信する医薬通訳翻訳ゼミナールは、独学では物足りない、不安だといった方のために、医療通訳・医療英語のオンライン講座もおこなっています。ご希望の方は当ゼミナール・ウェブサイトのお問い合わせページから、またはメールでご連絡ください。

学習ノート – 帯状疱疹

学習ノートは病気・症状についての覚え書き。医療通訳として、病気・症状についてまなぶべきとかんじたものをひとつひとつ個人的にまとめたものです。でも、完成形ではありません。勉強していくなかで、修正する可能性や、追加すべきものがでてくる可能性がある、つねに進行形のノートです。

帯状疱疹 herpes zoster, shingles

水痘・帯状疱疹ウイルスによっておこる痛みをともなう皮膚病。小さな水ぶくれ(小水疱)が帯状にあらわれることがおおいことから、この名前がある。昔からよくある病気であるため、地方によっていろいろな呼び名がある。例としては、東北地方の「つづらご」、中部地方の「おびくさ」、関西地方の「洞まき」などがある。最近は、予防薬の研究がすすんでいる。

病因 etiology

子どものころなどに水ぼうそう(水痘)にかかったあと、その原因である水痘・帯状疱疹ウイルスは末梢神経の神経節とよばれる神経細胞があつまっているところに潜伏感染する。このウイルスが再活性化することでおこる。他の人から感染しておこるのでない。再活性化の原因としては、老化があり、60歳代を中心に50歳代〜70歳代におおく発症する。他にストレスや心労、抗がん剤治療などで、免疫力が低下しておこることもあり、若い人に発症することもある。帯状疱疹が感染することはないが、水ぼうそうにかかったひとにたいして、水ぼうそうをうつすことはある。

徴候と症状 signs and symptoms

水ぼうそうと似た赤みのある小さな水ぶくれがウィルスが潜伏していた神経が支配しているからだの片側に帯状にできる。帯状にできるのは、神経のながれにそってできるためである。免疫力の低下がひどい場合、水ぶくれが帯状にできるだけでなく、全身に広がる場合もある。神経がおかされているために、その神経にそって痛みがおきる。痛みは、鋭く、焼けるような特徴がある。皮膚症状は2週間から4週間でおさまる。痛みも4週間でほぼおさまるが、高齢者によっては痛みがのこる場合もある (帯状疱疹後神経痛)。胸部では肋間神経にそっておこる場合がおおく、まれな症例では肋間筋麻痺がおこることもある。その他、発熱や悪寒、全身倦怠感などがおこることもある。

診察法 diagnostic procedures

臨床症状と経過で判断できることがおおい。鑑別診断のためにツァンク試験をおこなうこともある。確定診断のためにウィルス抗原を検出する方法などもあるが、ふつうはおこなわない。

治療法 treatment

ウイルスの抗体ができるまで待つしかなく、そのあいだは対症療法をおこなう。対症療法には、痛みについての対症療法には、内服薬、注射、神経ブロックがある。皮膚症状に対しては外用薬は時期や状態によってかわってくる。おこなうウイルスの増殖をおさえる抗ウイルス薬も、はやい段階では効き目がある。

英語 日本語 Lay Terms
水痘・帯状疱疹ウイルス varicella‐zoster virus, VZV
小さな水ぶくれ, 小水疱 vesicle small blister
水痘、水ぼうそう varicella chicken pox
末梢神経 peripheral nerve
神経節 ganglion, ganglia (pl.)
神経細胞 nerve cell
潜伏感染 latent infection becoming dormant
再活性化 reactivation
老化 aging
心労 anxiety
抗がん剤治療 chemotherapy chemo
帯状 in a stripe
帯状疱疹後神経痛 postherpetic neuralgia
肋間神経 intercostal nerve
肋間筋 intercostal muscle
麻痺 paresis
臨床症状 clinical presentation, clinical manifestation
経過 course, progress
ツァンク試験 Tzanck test
ウイルス抗原 virus antigen
対症療法 symptomatic treatment
内服薬 internal medicine
注射 injection
神経ブロック nerve block
外用薬 medicine for external use
増殖 proliferation increase
抗ウイルス薬 antiviral drug

参考動画

Shingles – The causes, symptoms, treatment and prevention

参考資料

※参考資料にもとづいて医療英語・医療通訳の勉強のためにつくられた資料です。実際の治療や、検査のために、つくられた資料ではありません。病気・疾患になやまれた場合、きちんと病院で治療をうけましょう。

医療通訳に必要なのは、ことばの力と医療知識だけじゃない

医療通訳にとって、なにが一番たいせつなのでしょうか。言語能力でしょうか。それとも医療知識なんでしょうか。おおくのひとはこのふたつのあいだで悩むようです。もちろん、どちらも大事です。言語能力がたりずに、ことばをえらびまちがえたら、大問題です。同様に、医療知識がなく、医師の説明を誤解をしてしまい、その結果として、患者にまちがった情報をあたえてしまったら、これも大問題です。医療通訳は、言語能力と医療知識の向上につねにとりくまなければなりません。

むしろ、このふたつは、当然のこと、前提条件なのです。そして、医療通訳にとって、その前提の上にたって活動するうえで、一番たいせつなものとして求められているものは、コミュニケーション能力なのです。

現場にむかえば、なにがおこるかはわかりません。先日発表された全米初の男性生殖器移植のニュースを例にかんがえてみましょう。この患者は米国人でしたのでとくに通訳は必要としていませんでした。しかし、患者が通訳が必要な外国人だったと想像してみましょう。

患者は職場でのそけい部にケガをしたので病院にいき、治療を受けました。単なるケガだとおもったんでしょうね。ところが、医師がそけい部をしらべていると、陰茎にガンをみつけてしまいました。ケガとガンではおおきなちがいです。命にかかわるんですからね。医師は、患者のいのちをまもるために陰茎を切断することを決めました。患者にとっては大きなショックでしょう。もちろん、同意なしに切断をおこなったはずはありません。医師は告知をおこない、切断するのが最良の選択肢だと患者につたえたのでしょう。

患者にとって、このことが彼の人生をかえる大きなできごとだったことは想像に難くないでしょう。股間にわずかにのこった陰茎に満足できずにその後くり返し移植を求めたことでも明かです。では、この患者につきそった通訳だったのが自分だったらどうでしょうか。まずは、股間にケガをした患者が通訳をしているということでその患者につきます。

患者「職場で股間をぶつけてしまったんですが、血がでてきてしまったので来ました」

通訳 “I hit myself in the crotch at work, and it started bleeding, so I came over to see a doctor.”

患者だってたいしたことないとおもっていたんじゃないでしょうか。
「ちょっと縫わなきゃいけないかな」(”I may need to get some stitches.”)
そんなところだったんじゃないでしょうか。

ところが、ガンだとわかってしまった。切断しなきゃならない。話が全然ちがってきます。患者の精神状態もかわってくるでしょう。激しく動揺するかもしれません。その中で、あなたが通訳だったら、どうでしょう。淡々とおなじように訳すでしょうか。まったく同じにようにつづけるのでしょうか。

医師の話し方・トーンがかわってくるかもしれませんよ。患者の家族がよばれる可能性もあります。すると、患者の家族も対象にふくめた通訳になります。家族が騒ぎだすかもしれません。手術の同意書の説明をそのまま翻訳してくれと医師に依頼されるかもしれません(サイト・トランスレーションといって基本的には断るべきです。医師によむだけでもよんでもらい、あくまで通訳の形をとるべきです)。

状況は刻々とかわっていきます。こういったなかであなたは医療通訳として患者にとって最良の形で訳を提供しなければなりません。それを実現するのは、単なる言語力や、医療知識の枠をこえた、コミュニケーション能力です。状況をよみ、なにがベストかをつねにかんがえ、言葉づかい(レジストリー)についても調整する。

今回は、全米初の男性生殖器移植の症例をつかって話をしましたが、こういったことはいつでも起こりうることです。ですから、医療通訳にとっては、言語能力・医療知識があるのは当然、その上になによりもコミュニケーション能力がなくてはいけないのです。

医療通訳の世界は、医療系からでてきたひとと、言語系からでてきたひとに大別されます。おもしろいことに、医療通訳の方々の話をきいていると、みなさん、ご自分のバックグラウンドを強調したがる傾向にあるようです。医療従事者出身の医療通訳は医療知識の大切さをとなえ、通訳や通訳案内士、または留学経験者などは言語能力を強調する。気持ちはわかりますが、どちらも必要条件なんですよね。ですから、医療通訳はつねに勉強しなければならないんです。でも、その力をじゅうぶんに患者のために発揮するには、なんといってもコミュニケーション能力が大切なんです。

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