モノクロール抗体、新型コロナウィルス感染症治療への道が開けるのか

新型コロナウィルス感染症(Covid-19)については刻々と状況が変わっているので、1ヶ月以上前のことを今取り上げるのはやや遅きに失した感もありますが、3月26日付(日本時間)のMSNBCのレポートをみても、本国でもまだまだ周知されていない様子なので、ここで取り上げてもいいかと思い、筆を取りました。

米国食品医薬品局(the Food and Drug Administration/FDA)は2月7日付で、製薬会社イーライリリーに対して、同社のモノクロール抗体による2製品(bamlanivimabとetesevimab)を使った併用治療について緊急使用許可を出したとのことです。2020年11月にすでに2製品の個別使用については緊急使用許可を出していましたが、併用治療による効果が高いとのことで今回の決定となったそうです。

さらに、米保健福祉省は3月17日、米政府がモノクロール抗体治療をより多くの人に届けるために、1億5000万ドルを投資するとの発表もしています。1月には、モノクロール抗体製品が配布されている最寄りの医療機関を調べるための検索サイト(locator)も立ち上げています。

高齢で肥満のために重症化が懸念されたトランプ前大統領が受けたのもモノクロール抗体による治療だったそうです(散々、新型コロナウイルスなんか大したことないと言っていたのに、いざ自分がかかると最新の治療を受けて回復、さらにワクチンも摂取。なんだかなぁ、とはおもってしますが)。その後を受けたバイデン現大統領は、ワクチン摂取とモノクロール抗体治療によって新型コロナウイルス対策に取り組むようです。

ところで、モノクロール抗体というのは聞き慣れない言葉ですが、”mono-“という「一つの」という語の要素と”clonal”という「クローンの」という形容詞が一つになってできています。大まかな理解のためには、中外製薬のこちらのウェブページにまとまっていますので、確認してみましょう。

モノクロール抗体がどのように、新型コロナウイルスに対して働きかけるのかというのを理解するには、米国医師会の学術誌「JAMA」に2月5日発表されたこちらの論文が図解付きでわかりやすくなっています。読んでみることをお勧めします。

モノクロール抗体の開発・治療が今まで日本国内で注目されなかったわけではありません。日経バイオテクの2020年9月30日付のこの記事ではモノクロール抗体製品のカクテルも含めて、すでに詳細に取り上げています。新型コロナウイルス禍のスタートから考えると、ものすごい勢いで医学・薬学分野での研究が進んでいたということがわかります。

日経バイオテクの記事からすでに半年近くが経とうとしています。しかし、モノクロール抗体のことを一般人が聞くことは日本人はおろか米国でさえなかなかありません。日進月歩の医学・薬学に人(政府も含めて)がなかなか追いついていないことがよくわかります。米国では、地方でワクチンへの抵抗が根強く、配布されたワクチンのわずか数パーセントしか接種されていないということもあるようですしね。出口はまだ見えないなぁというのが実感です。

English 日本語
monoclonal antibody モノクロール抗体
bamlanivimab ベムラニヴィマブ(発音: niにストレス)
etesevimab エテセヴィマブ(発音: seにストレス)
emergency use authorization/EUA 緊急使用許可
cocktail 混合薬、混合剤
administer 投与する
disease progression 病気の進行
infusion 点滴
placebo プラセボ、プラシーボ、偽薬
spike protein スパイクタンパク質
mild (形容詞)軽度の、軽症の
moderate (形容詞)中等度の、中等症の
[pharmacokinetic (形容詞)薬物動態(学)の
pharmacodynamic (形容詞)薬力学
clinical trial 臨床試験、治験

新型コロナウイルス禍を診断と防疫の2つに分けて考える

新型コロナウイルス禍が本格化してから、すでに半年ほど経ちました。その間、テレビや新聞には、いわゆる専門家の方たちが毎日かわるがわる登場しては「専門的」なアドバイスを提供してくれました。

クラスター、PCR検査、感度、特異度、偽陽性などなど、耳をダンボのように広げて、できるだけ情報を集めようとしている私たちの耳には次々に新しい言葉が入ってきました。PCR検査という今となっては日常会話にすら登場する言葉も、ついこの前までは、医療にかかわっていなければ、耳にすることすらなかったでしょう(こちらのBuzzfeedが行った聖路加国際病院QIセンター感染管理室の坂本史衣マネジャーへのインタビューはかなり早い段階で出たものですが、PCR検査とは何かを理解する上で、今でも的確な情報であると思います)。

しかし、専門家たちの説明は矛盾して聞こえることが少なからずあり、新型コロナウイルス禍という未曾有の事態の中で、「自粛」つまり自らの判断をせまられている私たちを混乱させてきました。私自身、しばらくは新型コロナウイルス禍とそれに対応する政府や医療機関の取り組みについて、なかなか理解することができませんでした。

この混乱が何によって招かれているのかと考えているなかで、4月の後半にかけて徐々に気がついてきたのは、個人個人の患者を対象にして行う診断(鑑別診断、diagnosis/defferential diagnosis)と、疫病の大流行(パンデミック)を抑え込む対策としての防疫(pandemic prevention、多くの辞書にはこうありますが、pandemic containmentのほうがしっくりくると個人的には考えます)が、明確に区別されずに新型コロナウイルス禍の話が伝わってきているということです。

つまり治療行為に直結する診断という医療行為と、疫病の拡散を抑え込み最終的に駆逐することを目標に進められる防疫という危機管理行為は本来、きっちりと分けて、議論をし、コミュニケーションされるべきはずです。別の言い方をすると、COVID-19という急性呼吸器疾患の治療を目的とする行為と、COV-SARS-2というウィルスの伝播・感染を制御する行為は、本質的に別物のはずだということです。しかし、テレビ・インターネット(とくにTwitter、YouTube、Facebookなど)を媒介して、伝えられる情報はそのどちらに基づき、発せられたものなのかということがはっきりとしていないということがわかってきたのです。

診断と防疫(よく考えれば、防ぐ段階は過ぎてしまっているのですから、なにか別の言葉があってもいいでしょうね)を分けるべきだと考えるようになっても、それをうまく言葉にすることが私自身なかなかできませんでした。とくに気になったのは、PCR検査の正確性を問題視する議論でした。つまり検査で陽性でも、本当にCOVID-19に感染しているとは限らないという、偽陽性の可能性を前提とした話です。しかし、この偽陽性を問題視する議論が興味深いのは、先ほどご紹介した坂本史衣マネジャーへのインタビューにもありますが、結局は医療行為(COVID-19患者の治療)を前提とした話になっていくということです。なかなか、防疫の話につながっていかないということです。

では、診断と防疫のちがいという点についてどのように理解していけばいいのでしょうか。PCR検査の感度(陽性結果者のうち、偽陽性者を除いた真陽性者が占める割合)・特異度(陰性結果者のうち、偽陰性者を除いた真陰性者が占める割合)については、「燃えるフィジカルアセスメント」という医師の方が書かれているブログにある「コロナPCR検査:感度特異度論争の終焉」がとても参考になります。なお、このブログの中で紹介されている”Coronavirus Update With Rochelle Walensky on JAMA Network”というハーバード大学医学部教授へのインタビューでは、診断と防疫という分け方には触れていませんが、PCR検査の感度については、ある程度の低さは許容している様子がみてとれ、感染症の防疫におけるPCR検査のとらえ方がうかがいしれます。

新型コロナウイルス禍について徹底的な政府対応を求めた東京大学先端科学技術研究センターの児玉龍彦名誉教授の参議院予算委員会での参考人としての発言も、防疫面でのウイルス対策を理解する上では参考になります。防疫というものがさまざまな分野の専門家の力を集結して進められる、医療従事者による治療行為とは独立した取り組みだということがよくわかります。

新型コロナウイルス禍関連用語

英語 日本語
positive rate 陽性率
false positive 偽陽性
true positive 真陽性
sensitivity 感度
specificity 特異度
viral burden ウイルス負荷
genetic engineering 遺伝子工学
measurement science 計測科学
information science 情報科学
transmissibility 感染性、感染力
mortality 致死率、死亡率
precision medicine 精密医療
Spanish flu スペイン風邪
convalescence (名)回復期
convalescent (形)回復期の、(名)回復期の患者
convalescent plasma 回復期血漿
phenotype (名)表現型(ある生物のもつ遺伝子型が形質として表現されたもの)
genotype (名)遺伝子型
Rt/effective reproduction rate 実効再生産数(一人から何人に感染が広がるかを示す数値)
communicate (動)(病気を)移す。I stayed self-quarantined for 14 days to avoid communicating the disease.
herd immunity 集団免疫
myalgia 筋痛、筋痛症
uptake (名)(ワクチンの文脈では)接種率
pandemic パンデミック
cluster クラスター
epicenter 震央
focus/hypocenter 震源地
spreader スプレッダー
Wuhan strain 武漢型
European strain ヨーロッパ型
cross immunity 交叉免疫

ダイヤモンド・プリンセス内情告発の岩田教授、まずは著書の感染症本を読んでみよう

新型コロナウイルス禍のなか、世界中から注目を集めたダイヤモンド・プリンセスですが、神戸大学医学部附属病院の岩田健太郎感染症内科教授が内情を世界に向けて告発しています。

(2月20日午前11時追記)岩田健太郎教授はYouTubeのご自身のチャンネルに公開していた告発ビデオを英語版・日本語版ともに削除されたようです。動画が公開されていたということをしめすため、リンクをそのままにしておきます。多くの方がYouTube上に拡散しているので、どうしても見たい方は検索しましょう。

岩田教授は、DMAT(災害派遣医療チーム、Disaster Medical Assistance Team)の監督のもと、ダイヤモンド・プリンセスに乗り込んだそうですが、内部の惨状に驚きを隠せなかったそうです。上に紹介した英語の動画以外にも、日本語でも動画を公開しているので、そちらも下に紹介します。

岩田教授の告発の是非、また、その内容の真偽について、説得力のある判断を下し、これをお読みになっている方に伝えることができるほどの見識を私はもっていません。それは動画を見た方のそれぞれの判断に任せるしかないと考えます。ただ、ここで岩田教授でどういう人なんだろうという点について、ひとつだけお伝えできればと思います。

実は、以前から「医療英語の森へ」で紹介したい感染症の入門書がありました。しかし、ついついなまけて、そのことを先延ばししていました。その本というのが、岩田教授が書かれた「絵でわかる感染症 with もやしもん」(講談社・絵でわかるシリーズ)でした。感染症についての基礎知識を得るには、まずはこの本を読むべき、とおすすめできる好著だと感じています。


感染症について、一般向けに書かれた入門本というのは、なかなかありません。医療の中で、非常に重要な領域なのにもかかあらず、そういったものがないというのは、医療英語・医療通訳をまなび、また教えていくなかで、とても困ることです。私が、何かいいものはないかと探しているうちに、偶然見つけたのがこの本でした。

この本は、感染症のひとつひとつを列挙するような解説本というスタイルをとっていません(そのような形で書かれている章も、もちろんあります)。第1章「感染症の全体像」、第2章「抗菌薬を理解しよう」が示すように、むしろ、感染症というものはそもそもどういったものか、全般的な理解をうながすような「教科書」スタイルで書かれています。

「教科書」といった体裁では書かれているのですが、漫画「もやしもん」で人気を博した石川雅之氏とタッグを組むことで、一般人にとってもとてもわかりやすいものとなっています。ですので、決して医療従事者でない一般人にとってハードルは高くありません。そういった意味で、とてもおすすめの本となっています。

岩田教授と言う方が、どういう方か、実際のところ、私はしりません。しかし、こういった好著を一般人向けに送り出してくれたということから、感染症についての専門家としての岩田医師について、否定的な印象を持っていません。ですから告発についても、頭から否定するような気持ちにはならないのです。

告発という手段にでた岩田教授については、毀誉褒貶のとくに「毀・貶」が激しい噂が出てくる可能性があります。その噂に耳を傾けるまえに、まずは判断を保留して、この好著を手に取ってみませんかと、そう考えます。

新型コロナウイルス関連の英単語ふたたび

新型コロナウイルス肺炎(コビッド19)の報道をみていると、いろいろな言葉が次々に出てきて、これって英語で出ているのだろうと興味深いですよね。「無症状」”asymptomatic”(形容詞)なんて多くの人に聞きなれないだろうなぁとおもう言葉が頻繁に出るようになったので、「無症状患者って英語でなんていう — コロナウィルス肺炎の報道からまなぶ」をまとめて今月上旬に投稿しました。

それからも、次から次へと言葉は来ますし、友人の医療従事者との話では、「不顕性感染」なんて言葉も出てきました。この「不顕性」っての「感染症状を発症していない状態」ってことで、より学問的な言い方になります。これだと、英語としては”subclinical infection”と言葉の方が適切かなとおもいます。

“clinical”というのは「臨床」と訳されます。たとえば、診断を下すために行うさまざまな検査は「臨床検査」”clinical tests and examination”です(”tests and examination”とだけ言われることが多いですが)。これって、疾患を顕在化するために行われるものですよね。

その”clinical”に”sub”という接頭辞がついています。この接頭辞は「下; 下位,副; 亜; やや,半」といった意味を加えます。たとえば、”subway”「地下鉄」とかにも使われていますね。つまり「顕在化」する手前の状態であるから、「不顕性」という意味に使われるんですね。なお、”clinical”って形容詞としては、「無味乾燥」とか「冷たい」「無感情」って意味もありますから、なんとなく雰囲気が伝わってきます。

「感染」って言葉については、以前の投稿で、感染一般、人人感染とのちがいに触れていますが、日本語の「感染」って言葉は面白くて、どれもこれもまとめて感染なんですね。英語では動詞として「感染させる」は、”infect”だし、「感染する」は”contract”ってなります。

さらに、「感染ルート」って意味で、感染源から感染先の間に着目すると、”transmission”って言葉を使います。ですから、「エアロゾル感染」や「空気感染」は、それぞれ”aerosol infection”、”airborne infection”っていいますけど、”aerosol transmission”とか”airborne transmission”って言い方もします。というか、「感染経路・ルート」”route of transmission”を指しているときは後者を使うのがより正確といえるかもしれません。

ちなみに、エアロゾル感染、「飛沫感染」”droplet transmission / droplet infection”、空気感染っていうのについては、下の論文にもあるように、厳密な分類が確定しているわけではないということです。

Recognition of aerosol transmission of infectious agents: a commentary

ただし、ここにも考え方にいろいろと違いがあるようです。

たとえば、こちらの昭和大学の説明をみると、空気感染=飛沫核感染(「飛沫核」droplet nuclei / 単 nucleus)と飛沫感染をわけているようです。

一方、先ほどの論文に話を戻すと、空気感染というのは、飛沫感染+エアロゾル感染という見方がより広くつかわれているともいえそうです。とはいえ、どの立場に立っても、空気中にちらばった「感染因子(病原体)」”infectious agent (pathogen)” を含むものの「粒子」”particle”の大きさで決めていくということです。

以下に、上にご紹介した言葉を中心に単語をまとめて表にして紹介します。

日本語 英語 備考
無症状、無症候性 asymptomatic 形容詞
不顕性感染 subclinical infection
臨床検査 clinical tests and examination 日英ともに単に「検査」、”tests and examination”と言われること多し
感染させる infect 他動詞
感染する contract この意味では他動詞 “Several passengers have contracted COVID-19.”
感染経路、感染ルート route of transmission “route”は可算名詞
エアロゾル感染- aerosol infection, aerosol transmission
空気感染 airborne infection, airborne transmission
飛沫感染 droplet infection, droplet transmission
飛沫核 droplet nuclei nucleiの単数系は”nucleus”
感染因子 infectious agent
病原体 pathogen
市中感染、市井感染 community-acquired infection, CAI
院内感染 hospital-acquired infection, HAI, nosocomial infection

WHO、新型コロナウイルスによる疾患をコビッド19/COVID-19と命名

当ブログでは、「無症状患者って英語でなんていう — コロナウィルス肺炎の報道からまなぶ」、そして「新型コロナウイルス感染についての英語の質問・問診例をみる — 米国CDCの資料から」と医療通訳の観点から、新型コロナウイルスをめぐる一連の動きを取り上げてきました。

しかし、その時点では、SARS(Severe Acute Respiratory Syndrome、重症急性呼吸器症候群 )やMERS(Middle East Respiratory Syndrome、中東呼吸器症候群)のように、疾患名として新型コロナウイルス(2019-nCoV)による疾患を指す言葉はありませんでした。

しかし、現地時間2月11日に、世界保健機関(World Health Organization/WHO)は、疾患名として、COVID-19と名付けることを発表しました。”CO”は”corona”を、”VI”は”virus”を、”D”は”disease”を、”19″は疾患が初めて見つかった昨年2019年を意味するとのことです。

 

WHOによると、この名前を付けた理由は”we had to find a name that did not refer to a geographical location, an animal, an individual or group of people, and which is also pronounceable and related to the disease”ということです。
つまり、①特定の地理学的な場所や、動物、個人やグループなどを指さないこと②発音できる(発音しやすい)こと③この疾患に関連していること—以上の3点からこの名前を選んだということです。

“Having a name matters to prevent the use of other names that can be inaccurate or stigmatizing.”
「名前を付けることは、他の名前の使用によって、(病気の情報が)不正確になったり、(地域や人に)烙印をつけるようなことになってしまうことを避ける上で重要である」として、病名を正式につけるにいたった理由を説明しています。

なお、”It also gives us a standard format to use for any future coronavirus outbreaks”といっています。つまり、今回の”COVID-19″を手始めとして、今後のコロナウイルスによる疾患の発生(outbreak)については、今までのSARSやMERSのように、個別の疾患名をつけることはなく、COVID-XX(XXのところに発生年が入る)と命名することになりそうです。