マギル疼痛質問票から痛みの表現をみる

患者がなやむ症状の代表的なものとして、痛み(疼痛)があります。今回は痛みの表現についてみてみたいとおもいます。疼痛は大別すると、以下の3つに大別されます

  • somatic pain 体性痛
  • visceral pain 内臓痛
  • neuropathic pain 神経障害性疼痛

とはいっても、患者はいろいろな表現で痛みをあらわします。その表現は千差万別といってもいいでしょう。医療通訳としては、痛みの表現についてある程度の心がまえが必要です。そこで、英語における痛みの表現への手がかりとして、マギル疼痛質問票(マクギルとするところもあります)を今回は取りあげてみます。

マギル疼痛質問票(the McGill Pain Questonnaire/MPQ)とは、カナダ・マギル大学のRonald Melzack心理学名誉教授が1970年代に開発した痛みについての質問票です。おおくの言語に翻訳され、ひろく世界で使われています。痛みを20のカテゴリーに分類し、各カテゴリーごとに記述語(descriptor)をつかって痛みを表現しています(記述語は英語でいうと形容詞になります)。

各カテゴリーの記述語は、それぞれ痛みの程度(強度 intensity)に置きかえられます。つまり、(1)であれば、 flickering → quivering → pulsing → throbbing → beating → poundingと痛みの強度があがっていきます。これは下にあげた他のカテゴリーでも同様です。

ひろくつかわれているマギル疼痛質問票ですが、批判もあります。英語使用者であっても、理解するのがむつかしい記述語がつかわれているとか、分類のしかたが明確でないというものです。また、分類ごとの段階設定が不均等であるという批判もあります。

さらに翻訳においては、記述語の置きかえが適切に行われていないという点も指摘されています。これなどは、下の日英の対応をみれば、あきらかでしょう。日本語の中で明確に差をつけられないものもありますし、直接置きかえてもおかしいし、かといって、意訳をしようにも適当なものをさがすことがむつかしい表現もあります(ですので、かなりこじつけたような表現もあります)。

このようにマギル疼痛質問票は、気をつけなくてはいけない点があります。それでも英語における痛みの表現についてまなぶとすると、マギル疼痛質問票はなかなかの手がかりになるでしょう。

カテゴリー 記述語(英) 記述語(日)
(1) temporal 時間的な flickering, quivering, pulsing, throbbing, beating, pounding ぴくぴくする、震えるような、脈打つような、ズキズキする、ズキンズキンする、ガンガンする
(2) spatial 空間的な jumping, flashing, shooting 飛ぶような、閃光のような、痛みが走るような
(3) punctate pressure 点状圧迫 pricking, boring, drilling, stabbing, lancinating 針でチクチクと刺されるような、穴をあけられるような、ドリルで穴をあけられるような、刺されるような、突き刺されたような
(4) incisive pressure 切るような圧迫 sharp, cutting, lacerating 鋭い、ナイフで切られるような、切り裂かれるような
(5) constrictive pressure 収縮性の圧迫 pinching, pressing, gnawing, cramping, crushing つねられたような、しめつける・圧迫されるような、食いこむ・かまれるような、さしこむ・けいれんするような、押しつぶされるような
(6) traction pressure 引っ張るような力 tugging, pulling, wrenching 引っぱられる、引きよせられるような、引きちぎられる
(7) thermal 熱性 hot, burning, scalding, searing 熱い、焼けるような、焦げるような、焼けただれるような
(8) brightness 明瞭さ tingling, itchy, smarting, stinging ピリピリする、かゆみのような、ズキズキする、ハチにさされたような
(9) dullness 鈍さ dull, sore, hurting, aching, heavy 鈍い、不快な、すりむいたような・けがをしたような、ずきずきする、重く強い
(10) sensory miscellaneous 知覚的・未分類 tender, taut, rasping, splitting さわると痛い、張ったような、ガリガリ削られるような、割れるような
(11) tension 緊張 tiring, exhausting 疲れさせるような、疲労困ぱいするような
(12) autonomic 自律神経系 sickening, suffocating 吐き気がするほどの、息ができないほどの
(13) fear 恐怖 fearful, frightful, terrifying こわいような、恐ろしい、ぞっとするような
(14) punishment 罰 punishing, gruelling, cruel, vicious, killing 罰を受けているような、へとへとにさせる、残酷な、激しく攻撃されているような、殺されるような
(15) affective-evaluative-sensory miscellaneous 情緒的・評価的・知覚的 未分類 wretched, blinding なさけない、目がくらむほど
(16) evaluative 評価的 annoying, troublesome, miserable, intense, unbearable いらだたせる、やっかいな、みじめな、強烈な、耐えきれない
(17) sensory miscellaneous 知覚的 未分類 spreading, radiating, penetrating, piercing ひろがるような、放散するような、つきぬけるような、針で刺しとおされたような
(18) sensory miscellaneous 知覚的 未分類 tight, numb, drawing, squeezing, tearing 硬く突っ張ったような、しびれたような、引っ張られるような、締めつけるような、引き裂かれたような
(19) sensory 知覚的 cool, cold, freezing 冷たい、寒い、凍りつくような
(20) affective-evaluative miscellaneous 情緒的・評価的 未分類 nagging, nauseating, agonising, dreadful, torturing しつこい、吐き気を催すような、もだえ苦しむような、ぞっとするような、拷問のような

【参考資料】
Primaris
日本緩和医療学会
疼痛ケアネットワーク・ワーキンググループ
The McGill Pain Questionnaire by Ronald Melzack(PDFファイルが開きます)

チーム医療の一員としての資質を問う問題を出題 — 医療通訳技能検定

一般社団法人日本医療通訳協会が行っている医療通訳技能検定の第1次試験が先週末(2017年3月26日)に行われました。今回からは医療通訳の心がまえをチーム医療の視点から問う問題が出たとのことです。

具体的には、いくつかのシナリオ(医療通訳が直面するであろう架空の状況)が問題として提示され、それぞれ、そのシナリオの中での医療通訳としての判断がただしかったか、ただしくなかったかをこたえ、その根拠を記述するという問題だったようです。さらには、医療機関の制度について基礎知識を確認する問題もあったとのことです。

医療通訳としての心がまえについては今まで、医療通訳士協議会倫理規程をつかった問題が出ていました。全9条からなる倫理規程について、各条に1つまたは2つの空白部分があり、それをそれぞれ適切なことばを記述していくという問題形式でした。

原文のまま一言一句書きこむ必要はなく、意味があっていればいいとの採点方針を協会が示していたこともあり、倫理規程をあらかじめよんでいけば、ほとんどの受験生が正解できる解答しやすい問題でした。今春からは、医療通訳技能検定について厚生労働省の「医療通訳育成カリキュラム」に準拠するとの方針を示したことから、やや踏み込んだ問題となったようです。

私が主催する医薬通訳翻訳ゼミナールでは、「医療通訳育成カリキュラム」に準拠する方針を日本医療通訳協会が示したことをうけて、チーム医療の一員としての医療通訳の心がまえを問う質問について今までよりも踏みこんだものとなるだろうと考えました。そこで、厚生労働省の「医療通訳に関する資料一覧」にある『医療通訳』の本文をダウンロードし、「 専門職としての意識と責任(倫理)」(p32〜p49)と「日本の医療制度に関する基礎知識」(p124〜p145)について重点的に見直しておくようにと受験を準備する生徒にすすめてきました。

今春の医療通訳技能検定でしめされたながれは、医療通訳にチーム医療の一員としてのふるまいをもとめる医療機関の姿勢を反映したものです。問題形式はちがっても、今後ともなんらかの形で、医療機関・制度についての知識そして医療機関ではたらく心がまえを問う問題はでるとおもいますので要注意です。

急性・慢性など、「…性」は形容詞としてまずは理解しよう

急性(acute)や慢性(chronic)といった〜性という医療用語を単語帳がひさしぶりにでてきましたので、ご参考までに紹介します。なお、こういった単語帳をつくるときに注意すべき点があります。日本語の場合、どうしても見出し語が名詞の形になってしまうことがすくなくありません。ここでは列挙されている単語のおおくは、基本的には形容詞です。

単語帳をつくったり、単語帳を利用したりする場合、、こういった品詞のちがいに気をつけないと、文法的なあやまりにつながってしまいます。医薬系の翻訳会社などは、こういった単語帳をつくり、翻訳者にしたがうことをもとめています。そういった会社のばあい、品詞のちがいを見おとし、形容詞を名詞として使用するような事態が生じています。こわいのは、まちがえが一度ひとつの案件で最後までとおってしまうと、それが既成事実となり、その誤用にあとで気がついても、つかいつづけなければいけなくなることが医薬業界にはあるということです。

フリーランスの翻訳者になった場合、こういった明らかなあやまりでも、残念ながら翻訳会社などの発注元の意向にしたがい、誤用を受けいれざるをえません。ただし、自分で単語帳を作成・利用するときには、このような点に注意しましょう。とくに医療通訳の場合は、患者さんへのコミュニケーションを明確にするためにも気をつけましょう。

表中には一般に使われている形容詞もおおく、たとえば、acquiredは「獲得された」とかいった意味でもつかわれますし、essentialは「必要不可欠な」とか「とても重要な」といった意味でつかわれます。それが医学の世界では、病名などに「〜性」としてつかわれます。なかには、単一、あるいはごく少数の病名にしか使われないものも結構あります。

英語 日本語
急性 acute
慢性 chronic
悪性 pernicious, malignant
良性 benign
亜急性 subacute
先天性 congenital
後天性 acquired
発作性 paroxysmal
本態性 essential
虚血性 ischemic
細菌性 bacterial
鬱(うっ)血性 congestive
ウィルス性 viral
消化性 peptic
限局性 regional
全身性 systemic, generalized
潰瘍性 ulcerative
アルコール性 alcoholic, alcohol-induced -induced: 〜によって引き起こされた
非アルコール性 non-alcoholic, non-alcohol-induced -induced: 〜によって引き起こされた
原発性 primary
続発性 secondary
化膿性 pyogenic, suppurative pyo-: pus(膿)の. genic: 〜を生む
転移性 metastatic meta-: 変化. stasis: 安定した状態
進行性 progressive
糖尿病性 diabetic
多発性 poly-, multiple
尿細管性 renal tubular renal tubule(尿細管)の. -le: 小さい
異所性 ectopic ec-: 外の(ex-). topic: 場所
無菌性 aseptic a: without. septic: 腐敗性の
筋萎縮性 amyotrophic a: without. myo: 筋の. trophic: 栄養の、発育の(tropicとのちがいに注意)
鉄欠乏性 iron-deficiency
溶血性 hemolytic
巨赤芽球性 megaloblastic megal-: 巨大な. blastic: 芽細胞の
鉄芽球性 sideroblastic sider-: 鉄の. blastic: 芽細胞の
赤血球形成性 erythropoietic erythr-: 赤血球の. -poietic: 生み出す(-poiesis 形成・生成の形容詞形)
自己免疫性 autoimmune auto-: 自身の. immune: 免疫の、免疫性
薬剤起因性、薬物性 drug-induced -induced: 〜によって引き起こされた
再生不良性 aplastic a: without. plastic: 促進する、形成する
遺伝性 hereditary
家族性 familial
播種性 disseminated dis-: 外に. semin: 種
特発性 idiopathic idio-: 特有の、独自の. pathic: 症の
伝染性 infectious, contagious
痛風性 gouty
間欠性 intermittent
非淋菌性 non-gonococci
腎症候性 with renal syndrome 腎症候性出血熱(hemorrhagic fever with renal syndrome, HFRS; 流行性出血熱と呼ばれることも)だけか
解離性 dissecting
閉塞性 occlusive, obstructive
頻脈性 tachycardic, tachycardiac tachy-: 速い. cf. tachyarrhythmia(頻脈性不整脈). -cardiacよりもcardicが使われる頻度が1940年代から増加
除脈性 bradycardic, bradycardiac brady-: 遅い. cf. bradyarrhythmia(除脈性不整脈)-cardiacよりもcardicが使われる頻度が1940年代から増加
前骨髄球性 promyelocytic pro-: 前の. myel-: 骨髄の. cyt-: 球の
血管性 vascular 血管の(relating to vessels)
血小板減少性 thrombocytopenic thrombocyte: 血小板. cytopenia: 細胞減少(症),血球減少(症)
骨髄性 myeloid myel: 骨髄の. -oid: 〜のような、〜状の、〜質の
間質性 interstitial of interstices (隙間)
誤嚥性 aspiration aspiration(吸引)名詞の形容詞的用法
一過性 transient
穿孔性 perforative
逆流性 reflux reflux(逆流)名詞の形容詞的用法
神経性 stress-induced
リウマチ性 rheumatoid
不顕性 occult
若年性 juvenile
アトピー性 atopic a: without. top: place
筋性 myogenic myo-: 筋の. -genic: 〜から生じる. 「筋から生じる」との意味か
鬱(うっ)滞性 congestive
アレルギー性 allergic
壊死性 necrotizing
突発性 subitum exanthem subitum(突発性発疹)だけか
真性 vera polycythemia vera(真性多血症)だけか
変形性 deformans arthritis deformans(変形性関節炎)とosteitis deformans(変形性骨炎、ぺージェット病)だけか

【参考資料】

  • 研究社「医学英和辞典第2版」iOS版
  • Dictoinary.com
  • Wikipedia.org

厚労省研究班が医療通訳認証制度の意見交換会を東京と大阪で開催

厚生労働省の「医療通訳の認証のあり方に関する研究」をすすめている研究班が今月(2017年1月)中旬に東京と大阪で意見交換会をひらきます。東京と大阪の会場をテレビ電話でつなぎ、意見の交換をおこなうそうです。

昨年12月に開催された第一回国際臨床医学会学術集会でおこなわれた市民公開パネルディスカッション「医療通訳の認証にむけて」をうけておこなわれるもので、開催者側の主要なメンバーは、数名の方をのぞき、同パネルディスカッションのパネラーとほぼおなじ方となるようです。

「医療通訳従事者、および、関係者の皆さまへ」との招待メールには、「関係者の方々の多数のご参加と活発な意見交換をお待ちしておりますので、ご参加いただきますようご案内申し上げます」とありますので、ひろく参加をよびかけているようです。ただし、各会場とも参加人数は50名との制限がもうけられています。

開催日時・場所は以下のとおりです。

参加ご希望の方は、厚生労働省研究班「医療通訳の認証のあり方に関する研究」事務局まで以下の必要事項(年齢・性別まで必要なのだろうかと個人的におもいますが)をしるしたメールをおくることで、先着順でもうしこめます(参加費無料)。

  • 参加希望日時、場所
  • 名前(漢字・フルネーム)
  • フリガナ
  • 年齢
  • 性別
  • 都道府県
  • 参加受付完了通知返信用メールアドレス

なお、参加申し込みメールアドレスでの質問をうけつけていますが、個別にこたえるためではなく、意見交換会での議論に反映させるためのものだとのことです。

国内の医療通訳資格についての比較・2016年12月版

医療通訳の民間資格試験(医療通訳技能検定・医療通訳技能認定)についての問い合わせが最近つづいていますので、現状でわかる範囲内でまとめてみました。なお、資格試験については「医療通訳の資格試験はじぶんが受けやすいものを受けよう」という記事を以前かきました。そのときから、見方はかわっていません。公的資格の導入というのはむつかしいだろうとかんがえています。

医療通訳技能検定 医療通訳技能認定
実施団体 一般社団法人日本医療通訳協会 一般財団法人日本医療教育財団
試験タイミング 年2回開催 年1回開催
試験会場 東京、大阪、福岡、札幌 東京、大阪
受験するためのハードル 受験資格をとくにもうけてはいない 試験だけを単独でうけることはむつかしい(受験資格として、通訳の実務経験または指定の教育コース履修をもとめている)
認定の種類 同一試験を受験(1次筆記、2次実技)し点数で1級と2級を認定 専門と基礎を別試験でそれぞれ認定
難易度 やや高い
(難易度がたかまる傾向にある
難易度についてはまだ確定していないが、第1回の1次試験は比較的容易であったとの情報あり
試験開始年 2014年4月
(2009年より旧東京通訳アカデミーで開催されていた同名の試験のながれをうけている。日本医療通訳協会ウェブサイトより)
2016年12月
資格者の地位向上へのこころみなど 国際臨床医学会の認証制度への協力を表明している
(ことし12月に発足した国際臨床医学会は医療通訳の資格試験の認証制度を整備していく方向)
厚生省が発表した「医療通訳カリキュラム」を策定したのが日本医療教育財団財団だったことから、公的資格になるのではないかと期待されている
(厚労省にとくにその意向があるとは確認されていない)

重要
– 一般社団法人日本医療通訳協会の医療通訳技能検定については、筆者自身が試験委員・運営委員をつとめたことがあるという事実があります。
– 一般財団法人日本医療教育財団の医療通訳技能認定については、同財団の公開情報および受験生からの伝聞情報をもとづいています。直接取材してはいません。また、現時点では、第1回の1次試験をおえたところであり、2次試験については1月にはじめておこなわれるます。
– この記事をかいた時点で入手可能な情報をもとにかいていますので、こんご情報は変化する可能性があります。
– 訂正などありましたら、お問い合わせページからご連絡ください。