人工知能が提案した治療法で患者の容体が好転し退院へ

2016年8月4日付のNHKの報道によると、容体が悪化しつづける患者にたいして、人工知能に分析させたところ、医師とはことなる診断をくだし、さらに、その診断にもとづき別の薬をつかいことを提案、結果として、患者は退院できるまでに回復したとのことです。

専門医でも診断がむつかしいと特殊な白血病の判断をわずか10分ほどでおこなったそうで、医療の分野でも、いよいよ人工知能の活躍がはじまったかと感心させられました。

人工知能による特殊な白血病の診断・治療のポイント

(1)東京大学医科学研究所附属病院はIBMなどと協同で、人工知能をそなえたコンピュータシステム「ワトソン」に2000万件にのぼるガン研究論文を学習させて、白血病などガンの診断についての臨床検査をおこなっている。
(2)60代の女性患者は当初、医師から「急性骨髄性白血病」と診断され、この白血病に効果がある2種類の抗がん剤の治療を数か月間、受けていた。
(3)治療の効果はなく、意識障害を起こすなど容体が悪化し、その原因も分からなかった。
(4)患者の1500にのぼる遺伝子の変化のデータを人工知能に入力し分析したところ、人工知能は10分ほどで女性が「二次性白血病」という別のがんにかかっていると診断した。
(5)診断にもとづき、抗がん剤の種類を変えるよう人工知能は提案した。
(6)人工知能がひとの命をすくった国内初のケースと専門家はみている。

英語でかんがえてみよう

それぞれのポイントについて、英単語・表現についてかんがえてみましょう。みなさんも、ご自分でいろいろと表現をかんがえたり、単語をしらべてみましょう。

ポイント(1)

a.「東京大学医科学研究所附属病院」とかいった固有名詞は最近はGoogleですぐにしらべられるので、とても楽になりましたね。IMSUT Hospital, the Institute Of Medical Science, the University Of Tokyoというのだそうです。ただ公式名称のようにつなげてもいいですが、IMSUT Hospital, which is run by the Institute Of Medical Science, The University Of Tokyoなんてしてもいいのではないでしょうか。
b. 「IBMなどと協同で」といっていますが、「など」に含まれているパートナーはどのくらいいるんでしょうかね。あと一社なのでしょうか。とてもわかりづらいですよね。日本語はこういった表現がおおいので、数についての表現がきびしい英語に置きかえるときに困ります。”in cooperation with partners such as IBM”なんてしてみましょう。
c. 「2000万件にものぼるガン研究論文」というのは、きっかり2000万件というわけではないでしょうから、”some 20 million cancer-research papers”としてもいいでしょうし、”over 20 million cancer-research papers”としてもいいのではないでしょうか。
d. 「人工知能をそなえたコンピュータシステム『ワトソン』に〜を学習させて」というのは使役動詞をつかって、”by having the computer system Watson with artificial intelligence learn 〜”とするのも、ひとつのやりかたでしょう。

ポイント(2)

a.The patinet was a female in her 60s.
これは、”woman”でもいいでしょう。femaleは形容詞にもなりますので、”the female patient in her 60s”なんていい方にもつかえます。
b.「急性骨髄性白血病」は”acute myelogenous leukemia“とか、”acute myeloid leukemia”、”acute myeloblastic leukemia”、”acute granulocytic leukemia”、”acute nonlymphocytic leukemia”とか英語ではいいます。AMLという略称もおぼえておきましょう。”acute myelogenous leukemia”と”acute myeloid leukemia”がひろくつかわれているようです。語の要素を勉強している方でしたら、”myel-“と”genous”、”oid”なんて連結形をみておきましょう。
c. 「当初、医師から『急性骨髄性白血病』と診断され」については、”The physicians initially diagnosed the patient with acute myeloid leukemia”と医師を主語にしてみましょう。「diagnose 患者 with 病名」、「diagnose 患者 as 動詞ing」の形はおぼえておきましょう。
d. 抗がん剤は”anti-cancer drugs”とか”anti-cancer agents”とかいいます。
e. 治療をうけるという表現には、”The patient received the treatment of”があります。

ポイント(3)

a. 症状があらわれたりおきたりするという動詞には”develop”をつかいます。もっとも、やや堅い表現ですので、”started to suffer”などとしてもいいでしょう。
b. 「意識障害」というのは、とてもひろい範囲のことばです。”disturbance of consciousness”や”consciousness disorders”などが辞書でひくとでてくるでしょう。disordersと複数形になっていることからもわかるように、意識障害の形態はひとつだけではありません。”disturbance of consciousness”とするのが無難かなとかんがえます。本当はもっと具体的にしるした方がいいのでしょうが。

ポイント(4)

a. 「患者の1500にのぼる遺伝子の変化のデータを人工知能に入力し分析した」は”With over 1500 entries of the changes in the patient’s genetic data into the computer system processed”と付帯状況をあらわす独立構文をつかうこともできます。
b. 「二次性白血病」は”secondary leukemia”

ポイント(5)

別の薬が何種類の抗がん剤をつかうかは明示されていません。こういった場合に単数なのか、複数なのかはなやむところです。二次性白血病では複数の抗がん剤をつかうことはなさそうですが、”different anti-cancer medication for the treatment”と不可算でもつかわる”medication”をつかってみました。

ポイント(6)

a. 「専門家はみている」は”according to an expert”としてみましょう。”Experts see this case as”などとしてもいいでしょう。
b. 「人工知能がひとの命をすくった最初の例」は、”This is the first case that artificial intelligence has saved a human life in Japan.”

「治る」「回復する」「命をすくう」

医療の世界で「治る」「回復する」「治す」ということばは軽々しくつかえるものではありません。そもそも、厳密に「治る」とか「回復する」とかは何を意味するのでしょうか。記事のなかの患者は「治った」のでしょうか。1ヵ月後にぶり返して、再入院するようなことになったりしないのでしょうか。

今日を生きているニュースの世界では、「命がすくわれた」といった表現をつかうことは自然なことでしょう。明日の患者の命をかんがえることはないでしょうから。しかし、患者に寄りそう、医療の世界では、慎重になったほうがいいでしょう。

とくに、医学論文を書くばあいは気をつけたほうがいいですよ。”cure”とか”recovery”などといったことばをつかったりすると、どういう意味でつかっているんだと査読者からツッコミがはいる可能性大です。それよりは、具体的な表現がもとめられます。

イギリスのEU離脱は製薬業界に打撃か

イギリスがEU離脱を決めたこと(Brexit)は欧州の医薬品承認プロセスに大きな打撃をあたえるだろうと、STAT NEWSはつたえています。英国だけでなく、英国もふくめて、EU圏の医薬品承認規定はEUレベルで決められているのですから、離脱が現実化するにつれ、影響がでてくることはさけられないでしょう。製薬業界はこんご数年、欧州の動向から目を離せないでしょう(どこの業界もおなじでしょうが)。ざっと、STAT Newsの記事が指摘している点を現状と今後の見通しにわけて整理してみました。

現状

  • EUの医薬品評価機関である欧州医薬品庁(European Medicines Agency、EMA)はロンドンに所在。
  • EMAはイギリスの医薬品・医療製品規制庁(Medicines and Healthcare products Regulatory Agency、MHRA)と共生関係にある。
  • 専門家によると、EMAの審査について、およそ3分の1はMHRAが負担している。
  • イギリス全体では、22万2千人が製薬業界に従事していて、EU圏のほかの国よりも比率がたかい(欧州委員会によると、EUの製薬業界は2012年現在、2200億ユーロ規模で約80万人を雇用)。
  • イギリスのライフサイエンス企業の年間研究費40億米ドルの約16%はEUが出資している。

今後の見通し

  • EMAは現在のロンドンからEU圏へ移転する必要があるだろう
  • EMAが移転すれば、600人の現職員が影響をうけざるをえない。
  • 短期的には影響がないだろう。
  • EUとイギリスの両方で医薬品の承認をうけるには、非効率でいままで以上に時間のかかる承認プロセスをへなければならないだろう
  • EMAとMHRAは別々に運営していく必要があるだろう
  • MHRA、EMAともにおたがいに依存していた機能を独自におぎなっていく必要がでてくる。
  • イギリス製薬業界からの頭脳流出が懸念される。

その他の報道

おおくの報道が、製薬会社の市場価値の面から記事をかいていて、業界環境にはさほどふれていません。そのなかで、The Telegramは、EMAとMHRAの共生関係(とくにMHRAの負担分)がこんごも維持されるのではないかという見方を紹介しています。

「イギリス製薬業界からの頭脳流出が懸念される」という点についても、業界内のEU移住者比率にある程度ふれるなど、The Telegramはやや踏みこんだ見方をしています。それによると、イギリス製薬業界の雇用者数は7万人強で、そのうち、約7%がイギリス以外のEU国民となっています。なお、イギリス国家統計局(Office for National Statistics、ONS)のデータによると、イギリス国内で雇用されているイギリス以外のEU国民は210万人で全体の約6・7%を占めています。

ところで、The Telegramのイギリス製薬業界の雇用者数は、STAT NEWSの22万2千人とおおきくことなります。イギリスの製薬業界団体ABPIのデータは2012年の数値とややふるいですが、The Telegramの数値にちかいものです。STAT NEWSの数値がなににもとづいているのか気になります。

※The life science sector/industryとthe pharmaceutical sector/industryに、記事内容のかぎりは意味のちがいは見いだせませんでした。

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医療通訳の学校をつくります

医療通訳の学校をことし秋に開校します。ロケーションは、都内のターミナル駅周辺をかんがえていて、東京駅周辺または新宿近辺が候補です。授業時間は、平日夜の18:00〜21:00の間で2時間程度となります。対象言語はまずは英語だけです。くわしいことはおって、当ブログでお知らせします。

民間資格の取得をめざす

医療通訳の資格については、複数の団体が独自に民間資格を認定しているのが現状です。その現状に対して、厚生労働省は複数の民間資格に一定の基準でお墨付きをあたえようとしているようです。くわしいスキームは策定中で、はやければ、来年度にも民間資格にそれが反映される可能性があります。ただし、公的な免許制度にはならないといわれています。

新学校では、民間資格のうち、このお墨付きをえる可能性がたかいものに合格することを目標に、授業・カリキュラムを組みます。

ネットワークの礎に

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すべての疾患には苦しみなやむ患者がいる

タイトルについては、当たり前のことだろうといわれるかもしれませんね。ある勉強会でかんじたことをそのままタイトルにしました。

遠隔医療の勉強会にいってきました

東京都江東区の夢の島マリーナでひらかれた「遠隔医療の機器を実体験しながら学ぶ ―社会的弱者のための遠隔医療入門―」という勉強会に先日でかけてきました。「言葉の壁を持つ患者さんに医療通訳支援を!! ―遠隔医療通訳アプリを使って手話通訳のデモや遠隔医療を体験しながら学ぼう―」という講演に興味があったからです。

遠隔支援アプリといえば、視覚障害者を登録者のネットワークでサポートするBe My Eyesがあります。Be My Eyesをみていたこともあり、アプリをつかった遠隔支援には、可能性を感じていました。今回紹介されるものが医療の分野、しかも医療通訳の遠隔支援アプリとことで、ぜひ体験したいとおもったのです。

難病治療の課題克服のおもいをしる

実は、勉強会にでかけるまでは、内容ばかりに気をとられていて、主催者を意識していませんでした。会場に着いてから、配付資料をあらためて、中枢性尿崩症(CDI)の会が主催していたことをしりました。

CDIをはじめとする希少疾患は、専門医・治療機関がすくないという課題があります。今回の勉強会がひらかれた背景には、この課題を遠隔医療によって克服したいという主催者のおもいがあるということを参加して、はじめてしりました。

diabetesはmellitusだけではない

CDI(中枢性尿崩症)は、central diabetes insipidusの略です。diabetesといえば、糖尿病とぱっとでてくる方もいるとおもいます。こちらは正確にはdiabetes mellitusといいます。mellitusは「あまい」という意味で、insipidusは「無味」という意味のラテン語です。

diabetesはdia-という「横切る」とか「通して」といった意味をもつギリシャ語由来の接尾辞ではじまる、飲んだものがあっという間に尿となってからだを「通りすぎていく」様を示していることばです。betesは「いく(go)」といった意味をもつ要素ですが、ほかでみることはあまりないようです。

医療英語の勉強をしているときに、diabetes mellitus(糖尿病)はI型(Type 1)、II型(Type 2)もふくめ、しっかりおぼえるようにいわれましたが、diabetes insipidus(尿崩症)については、単語にふれる程度でした。患者の数がすくないというのがその理由でした。実際のところ、派生語のdiabeticも、患者の数のちがいを反映し、糖尿病の意味でつかわれます(形容詞「糖尿病の」・名詞「糖尿病患者」)。

どんなに数はすくなくとも患者がいるから疾患がある

午前中におなじ会場で中枢性尿崩症の会の総会がひらかれたこともあり、勉強会には患者や家族の方が数おおく参加していました。講師の一般社団法人日本遠隔医療学会の酒巻哲夫副会長が「こんなにたくさんの中枢性尿崩症患者の方にお会いしたのははじめてです」といっていたほどです。

酒巻先生のことばの背景には、CDI患者の絶対数がすくないという事実があります。岐阜大学医学部附属病院総合内科・総合診療部科長の森田浩之先生によると、専門医であってもCDI患者を診察することは、それほどおおいことではないそうです。CDI患者の方は、ちょっとしたケガや体調不良で病院にいくときも、つらい思いをするそうです。一般のクリニックや病院では、CDI患者であるとつたえると、医師が好奇心でどんな病気かきいてきたり、あるいは嫌な顔をしたりすることがほとんどだそうです。どういった治療をすればいいのか、途方にくれる医師もいるそうで、医学書などをチェックするために部屋からでていってしまう医師もすくなくないとのことです。はじめてかかった医師には、なるべくならCDIであることをつたえたくないという患者もいるそうです。

医師ですら、こんな状態なのですから、医療通訳がどれだけ現場でCDI患者のサポートにはいる可能性があるかというと、現実にはものすごくひくいでしょう。その意味では、医療英語の勉強で、尿崩症をさっとながしてしまうというのは合理的でしょう。

しかし、僕が今回かんじたのは、どんな希少な疾患であっても、そこには現実に患者がいるのだということでした。たしかに、医療通訳として、医療英語をまなんだり、通訳技術を身につけたり、医療制度についての知識をえていくときに、合理的にアプローチをすることはたいせつです。僕自身、当ブログのなかで合理的に取りくむことの重要性を強調してきています。合理性を追求することは、医療通訳がつねに勉強とリサーチをつづけなければいけないしごとである以上、たいせつな姿勢です。

その一方で、希少疾患に苦しむ患者がいるという現実が、合理性の編み目をすり抜けてしまう危険性を医療通訳は忘れてはいけないだろうとかんじました。有病率からみて、どんなに希少な疾患であっても、その疾患をかかえ、治療を必要とする患者がいるということをどこかで意識していた方がいいでしょう。

一度、中枢性尿崩症の会のウェブサイトをおとずれ、CDIについての説明をよんでみることをおすすめします。自分がCDIをしらずに通訳にはいったとして、医師がこの説明を患者にしたとしたら、どう通訳するだろうかという観点でみてみましょう。

遠隔医療通訳アプリのはなし

目的が遠隔医療通訳アプリだったのに、CDIのことばっかりになってしまいました。それくらい、今回の勉強会が刺激的だったということですが、アプリのことについてふれておきます。

基本的にはテレビ電話アプリでした。守秘義務などの関係があるので、セキュリティ強化はしているのでしょうが、その点については、まだよくわかりませんでした。気になる点がいくつかありました。まず、第1に、医療通訳の手法が今後どう反映されるのかという点です。第2に、ボランティアベースの運用になるのかということです。第3に、医師・患者・医療通訳の関係性をどのようにアプリ上で、きずいていくのかということです。

遠隔支援のための医療通訳技術は、これから徐々に既存の技術の上につくられていくのでしょう。そのためには、いまある医療通訳技術をきちんと見なおして、整理することがたいせつなのではないかなとかんじました。北海道大学で実証実験をはじめるそうですので、今後も注目していきたいですね。